一等地のメリット
「ちょ――ちょっと待ってください!」
マズい、これはマズい流れだ。思わず腰を浮かせて制止する。
ソーロン様もセレスディア様も王族だ。二人がやろうと思えば店舗の一軒くらい簡単に建つ。それくらいの財力と権力はあるに決まっている。そしてこの二人の性格からして、遊び半分でもそれくらいやる。その確信がある。
しかも白蘭王宮の正門前? そんなの一等地どころか特等地だ。王国でもっとも良い土地を提供されてしまう。
耐えられない。絶対に胃が壊れる。
「うんうん、分かるよアネッタ。遠慮しているんだよね。たしかに服くらいならともかく、店一軒となると気後れすることもあると思う」
わたし服でもかなり気後れしてるんですが?
「でもこれは、僕様が王子として、王国のためにすることなんだ。だから君はなにも気にしないで受け取ってほしい」
ニコニコと最高の王子様の笑顔で、ソーロン様はわたしに語りかける。うわぁ、眩しい。契約書よく読まずにサインしてしまいそう。
「さっきも言ったけれど、君のスキル剥奪は素晴らしい。そして僕様はザールーン教に入信していたから分かるんだけれど、いわゆるハズレスキルに悩む人たちはわりといるものでね。そういう人たちに君のスキル剥奪屋を利用してほしいのさ。――そう、これは大切な王国民たちのためなんだ。彼らが不自由なく幸福に日々を過ごせるように、君の力をもっと活用してほしい。そのための投資なら僕様はこの身を削ることすら惜しまないよ」
「実際に投資するのは妾ですけどね。どうせ返す気はないでしょう、兄様は」
セレスディア様のコメントはメイドさんに紅茶のおかわりを所望しながらだ。お金が戻らないことを悟りつつ、それを大したことだと思っていないご様子である。
忘れていた。改めて思い出した。この方々は王子様と王女様だ。わたしみたいな庶民なんて話すどころか、遠くからその姿を眺めるだけでも幸運、みたいな人たちなのだ。やることの規模が違う。
「で、ですがそもそもハズレスキルには、封印具を使うというのが一般的です。わたしのスキル剥奪を使わなくても……」
「アネッタも知ってるだろ? スキル封印具だと、ハズレスキルだけを封印するのは難しいんだ」
……知ってますけども。
「ザールーン教の封印具みたいに、持ってる全てのスキルを使えなくするなら簡単だよ? 細かい調整は要らないからね。もちろん強力にする必要はあるけど、それはいい素材を使えばいいだけだし。でもたとえば、右手を起点とするハズレスキルだけを封印したい、ってなったときは難しい。手を使う他のスキルに干渉しないよう、封印の指輪とか腕輪とかを調整するのはまさに匠の技だ。だからそういう封印具はオーダーメイドになって値段も高くなるうえ、順番待ちが長蛇の列さ。ハズレスキルが発現したら、我慢するか、便利なスキルごと封印してしまうかの選択を迫られるってことは多いよ」
たとえば、握力のスキルが制御できなくてリンゴを持つと握りつぶしてしまう、みたいな人がスキル封印具の指輪を身につけたとき、まったく関係ない速記のスキルも一緒に封印されてしまった……なんてこともあるかもしれない。それが重要なスキルだったら大変だ。
そんな人でも、わたしなら助けられる。なんの素材も要らないし、複雑な調整も必要ない。職人が一つ封印具を仕上げるのにどれくらいの時間がかかるかは知らないけれど、それよりはわたしのスキル剥奪の方が早いだろう。
多くの人を助けることができる。
「勘違いしないでほしいけれど、あのピペルパン通りの店が悪いと言うつもりはないんだ。活気のあるいい街だと思うし、治安もいい。そして僕様が会ったのはみんな善良でいい人ばかりだった。素敵な街だと思うし、そんな生まれ育った土地に貢献して生きたいという気持ちは分かるよ」
ジリ、と背筋に汗が流れる。ソーロン王子の真面目で真摯な言葉が胸に刺さる思いだ。
生まれ育った土地の貢献したい、なんてそんな意識の高い志しがあったら、いつか山奥に隠居したいだなんて夢は持たない。
「ただハズレスキルに困っている人たちは王国中にいるし、その人たちに利用してもらうには立地的に交通の便がいいわけじゃないだろ? 乗り合い馬車の停留所からもちょっと距離があるしね」
「まあ……そうですけれど」
わたしはあんまり人と関わりたくなくて、ご近所づきあいもあまりしないでいい空き家ばっかりの地域に店を構えたから、当然だけど立地はピペルパン通りの端っこだし乗合馬車から遠いんだよね……。
たしかに他の地域から来る人たちにとっては不親切なのだろう。
「それにね、これが一番問題だと僕様は思うんだけれど……他の地域の人たちが君の店を知る機会があったとき、必ずしも正しく伝わるとは限らないって懸念がある」
「どういうことですか?」
「噂には尾ひれ背びれがつくってことさ」
ソーロン様は紅茶にジャムを足す。甘党なのだろうか、けっこうな量を入れていた。
「王都の端っこの人があまりいない地域に、他人の不要なスキルを除去してしまえるお店があるらしい……って、そんなの他の区にそのまま伝わると思うかい? なんでそんなに凄いのに大通りの目立つところでやらないんだ、なにか裏があるのではないか? ってなるのが人情さ。いつの間にか筋骨隆々の大男がハンマーで頭をボカンと殴ってスキルを忘れさせるんだ、みたいな話になっていたとしても僕様は驚かないね」
「ふむ……たしかに兄様の言うとおり、距離が遠くなれば遠くなるほど面白おかしくなりそうですね。得体が知れない気がして行く勇気が出ない、なんてことが起こりうるわけですか」
「そうそう。今のあの店にお客が少ないのってそんな理由もあると思うんだよ。――で、その点を僕様の案はクリアできるんだ。中央区の一等地、王族お墨付きなら誰もが安心して入れる店になるさ。まさか王宮のすぐ前に悪徳なぼったくり店があるだなんて、思うはずがないからね」
それは……考えたこともなかった。
ピペルパン通りの、子供のころからわたしを知ってる人たちなら問題ない。信用してくれると思う。
でも、ロアさんも、グレスリーさんも、ミクリさんも、トルティナも、セレスディア様も、ステラさんも、ジャックさんも、カレンさんも、ルイスさんも、みんな他の地域から来た人たちだ。彼らはいったいどんな前情報を聞いて、どんな思いでわたしの店のドアをノックしたのだろうか。
そういえばロアさんなんて、イーロおじさんに順番をゆずって観察していた。あれ、本当にハンマーで頭を叩かれるんじゃないかと恐がってた可能性がある。
「それに、だ。妹よ。君はアネッタを友人だと言ったが、近くに彼女の店があれば君も足を運びやすいだろ? 王宮の正門前の店なら、わざわざ抜け出すんじゃなく息抜きの散歩がてら堂々と歩いて行けばいい。気軽に友達に会えるのは君にとっても嬉しいはずだ」
「魅力的な話ですね。ええ、前向きに検討している最中です。……それで、我々のお墨付きということは、つまり王宮御用達ということですが?」
「うん。ロイヤルワラントの紋章を贈ろうと思う。そのためにアネッタをここまで連れてきたんだよ。これから一緒に父に謁見して、認定を貰えるよう頼み込むつもりさ」
ヒゥ、と。口から魂が出そうになった。




