アネッタの確信
「はあ、そうですか」
どうやらソーロン王子はザールーン教から改宗したらしい。
まあ本などで読んだ限り、あの宗教に入った人の多くはすぐに辞めてしまうらしいから不思議はないけれど。
スキルを使えないって不便で窮屈だもん。信心があっても耐えられない場合だってあるだろう。
「……反応が薄いな。君にスキルを使えるって僕様は言ったんだけど?」
ちょっと不満そうに、ソーロン王子はもう一度さっきの台詞を言う。
えっと……なにか間違っていたのだろうか。ザールーン教を辞めたことじゃなくって、スキルを使えることが主題だった?
「わたしはソーロン王子のスキル構成を知りませんので……どんなスキルをお使いになるのですか?」
指ぱっちんのスキルだろうか。今ここで演奏してくれるとか?
いやでも、わたしに使うってことはなにか対象指定で効果を発動するスキルの方か。なんだろ。本音しか言えなくなる精神干渉系とかだと、使われたら本当に耐えられないのだけど。
「なるほど、危機感は薄いと。たぶんそうだと思っていたけれど、君は自分のスキルの価値を正しく把握していないようだ。だから……」
はぁ、とため息を吐くソーロン王子。なんだろう、わたしを褒めてくれた、のだろうか? でも危機感が薄いっていうのは貶されてるな。
わたしのスキルは貴重だからもっと気をつけろってことだろうか。あと、なにを言いかけたのだろうか。
「君だって、自分のスキルが希少だっていうのは分かってるだろう? 少なくとも僕様は類似するスキルを見たことがないよ」
「それはまあ、珍しいのは分かっていますけれど」
「君のスキルは剥奪すると相手に新しいスキルが発現しやすくなる枠の隙間ができるし、剥奪したスキルを別の相手に移せるんだろ? 上手く使えば最強の軍隊だって造れるし、規格外の化け物だって製造できると、そんなふうに考えたことは一度も無いかい?」
「それは……ありますけど」
わたしだってそんな使い方を考えたことくらいはある。実行しようとしたことはないけれど。
というか、あれ? わたし、ソーロン王子にスキル輝石やスキル枠の話ってしたっけ?
リレリアンあたりに聞いたのだろうか。少なくとも昨日は知らなさそうっていうか、興味もそんなになさそうだったけれど。
「でも、わたしのスキル剥奪はそこまで便利なものではありません。新しく発現するスキルは狙ったものがとれるか分かりませんし、スキルを委譲する場合も変質してしまう場合があります。そもそも良いスキルを剥奪される方なんてほとんどいないので……」
「僕様は王族だよ? トライアンドエラーなんていくらでも重ねられるさ」
それは、そうだろうけれど……。
スキル枠の隙間によって発現したスキルは急速に成長したものだからか、普通のスキルよりも歪になりやすいという特徴がある。スキル輝石によって得たスキルは変質しやすいし、急に手に入れたそれは把握に時間がかかる。二つともリスクはある。
なのにトライアンドエラーをいくらでも重ねられる、なんて……どれだけの人数を動員して、どれだけ失敗を重ねるのだろう。わたしのスキルにまだ分からない特性があったらどうするのだろう。
もしそれで、なにか取り返しの付かないことになってしまったら……わたしはきっと耐えられない。
「そうだね。君にスキルをかけられるという話に戻すけれど、例えば魅了とかどうだろう?」
「はい?」
「君を恋の虜にして、なんでも言うことを聞かせるスキルだ。それでスキル剥奪をいいように使ってもらう。君の意思に反する使い方もしてもらう。嫌だろ? だから、そういうのは警戒した方がいいよ」
悪戯っぽく笑うソーロン王子。なんてことを考えるのか。
それはたしかに嫌だし無理だけど、というかさすがに犯罪だろうに。故意のスキルを使用して他人を害するのはけっこう重い罪だ。
でもソーロン王子は王族だから、たとえわたしに魅了を使って自由を奪って好き勝手に操ったりしても、たぶん捕まったりしないくらいの権力は持っているのだろう。
それを理解して……けれどわたしは、彼に恐怖を抱かなかった。というか、むしろ優しさまで感じてしまった。これは警告だから。
「……たしかにソーロン様でしたら、そういうスキルをお持ちでもおかしくないでしょう」
ソーロン王子の顔はすごく整っているし、金色の髪も輝くようで綺麗だ。まさしく王子様、って感じの風貌はすれ違う女子たちを振り返らせるだろう。
そういう人はなんにもしなくても、魅了みたいなスキルを得ることもある。
「でも、あなたはそのスキルが嫌いでしょう?」
わたしも以前、魅了のスキルを剥奪したことがある。
今は野菜売りで、昔は酒場の看板娘だったフレンさんの依頼でだ。男性が好む香りを漂わせるスキルを持っていた彼女は、精神干渉系スキルへの耐性を持つお相手と結婚した。
「……なぜそう思うんだ?」
「スキルで得る好意は偽物ですから」
人を信じられなくなるのだと、フレンさんは言っていた。馬鹿馬鹿しくなるのだとも。
ソーロン王子はきっと、そんなものを良しとしない。最近知り合っただけのあまり知らない相手だけれど、それは間違いないだろうなって確信だけは、あったから。




