化け物の箱庭
視界に映る全てのものがつまらなかった。
王族や貴族の次男なんて長男のスペアでしかない。兄が死んだりなにか問題を起こしたりしたとき、やっと必要とされる代替品。
それを理解してから、世界は薄っぺらい紙で作られているかのように思えた。
真面目で優秀であれば正解と思っているだけの面白味がない兄。
強力なスキルを産まれ持った結果、人間扱いされているかどうかも怪しい妹。
民に望まれたような二人はそういう化け物のようだった。
弟をからかうのは少し面白かったが、あれもすぐに手を離れていった。そして、風の噂でちゃんと化け物になったと聞いた。
ああつまらない。紙の世界に化け物どもの王国。強い力を持つ者が折り紙したようで、弱者たちを囲い込んで愛玩しているようで、気持ち悪い。
なにより自分が囲い込まれる側の人間だということに、ロイヤルスキルのない弱者であることに、吐き気がした。実際に吐いたこともある。
化け物が作った折り紙の王国の、化け物の代替品。弱者であり愛玩物。
いったい自分になんの価値があるのだ。
そうだ。王座を狙おう。
そう思いついたら、ほんの少し世界が色づいた気がしたものだ。
そうだ。王座を狙おう。兄を引きずり降ろそう。妹は雁字搦めに縛っておいて、弟には引き立て役になってもらおう。
そうすればここは、人間の王国になる。
「さてと」
んー、と伸びをする。弟が出て行った家はガランとしていて、折り紙のようだった。ただ観葉植物だけが色づいているのはなんだろうか。まあいいか。
家を出て、外の空気を深く吸って、吐く。ゆっくり歩いて隣家へ向かう。
その途中で、左手の人差し指から封印具の指輪を抜き取った。指で弾いて、ロアの庭に捨てる。
ロイヤルスキルが発現しなかったのはなぜか。そんな自問をし、それについて無為に悩むことは、よくあった。
自分だって、王になる器がないからだ、などと影で囁く紙切れどもの言葉は知っている。あるいは本当にそうなのか、とも考えることはあった。自分に王座はふさわしくないのかと。
結論として、そう判断してるのは誰なんだと唾棄した。神か? スキルか? 運命か? それらのなにを信じるんだ。
正直あのバカみたいな噂のように、母である王妃が本当に浮気してたら面白いのにとすら思う。
父と母の間に愛などなくて、母が本当に愛した相手と成した子が自分なら、それはそれはロマンチックだろう。
「強力なスキルは、持ち主に大きな影響を与える場合がある」
隣家の庭に踏み入るとき、スキル剥奪屋という小さな看板をチラリと見て、呟く。
威圧スキルを得た弟が、そのスキルのせいで暴力性と自制心の狭間で葛藤するようになり、その他のことへの関心を薄れさせていったように。あのままであればおそらく、彼はそれだけの化け物になっていたように。
もし自分がロイヤルスキルを手に入れていたら、自分は自分ではなくなっていたかもしれない。
そう思えば、自分に発現しなくて良かった。化け物にならずに済んだ。
しかし、化け物になれていたら楽だったのに、とも思う。喜びも怒りも哀しみも薄れても、楽にはなれただろうに――なんて。
いろいろな思いが、あった。イチイチ言葉にするのも面倒なほどの、複雑な思いが。
「スキル剥奪屋ねぇ……」
妙に真新しい扉の前で、立ち止まる。
「どうしてロイヤルスキル並みの規格外を、ただの一般人が持ってるんだか」
怒りに近い感情。憐憫に近い感情。嫉妬に近い感情。殺意に近い感情。
それらが漏れ出たような、ぼやき声。
自分が得られなかったそれを持つ、なんの変哲もない町娘。数回会って話したが、どうにも普通にしか見えなくて困惑したものだ。
化け物には見えない。ただ、どうにもそれだけではない気もする。……いいや、それだけであってほしくない、という願いがある。
なにか隠していればいい。無理していればいい。内に怪物を飼っていればいい。それを暴いてやりたいと、少し思う。そうでなかったら殺してやりたいかもしれない。
一度ゆっくり話してみたい。誰にも邪魔されず会話してみたい。たかが平民相手にそう感じたことは初めてだ。
ロアやその部下を引き剥がすために手札をいくつか失ったが、その価値はある。いざというときに邪魔をされることほど腹立たしいものはないから。
ノックする。
ノックがあった。
音の大きさは普通。間隔は、一度目のコン、の後に一拍置いての、コン。ゆっくりとした、余裕のある調子。
お客さんだ。前からの知り合いならドア越しに声をかけてくるし、ロアさんやミクリさん、マルクさんのノックの仕方でもない。きっとスキルを剥奪しにきた初見のお客さん。
けれど、なんとなく予感はあった。だって会ったし。
あの人はロアさんに用があるようなことを言っていたけれど、それが済んだらこっちに寄るかもなって。時間的にも、たぶんそろそろだろうなって。
そう思っていたから、覚悟はできてる。正直、本当は外れてほしかった予感だけれど、わたしは今まで数々の嫌な予感を当ててきた。
「はーい」
返事して、それから深呼吸した。ソファから立ち上がる。ゆっくりと歩いて、扉の前でもう一度深呼吸して。
接客用の仮面を被る。
できれば違う人だといいなぁと願いながら、扉を開けた。
「やあ、飲み物係のお嬢さん。せっかくだから立ち寄らせてもらったよ」
ニコニコと笑む彼を、頭を下げて迎える。
「お越しいただいて光栄です、ソーロン王子。どうぞ、お入りください」




