悪巧み
私はかなり早い時期から士官学校に入り、軍に入隊している。
だから王宮での子供時代の思い出、というものは少ない。
「悪巧み、ですか」
その言葉に私は、数少ない思い出の記憶を呼び起こしていた。
「以前そう誘われて王宮の果樹園に乗り込んで、見付かって囮にされたことがありましたね」
「ああ、懐かしいね! あのときの戦利品は山分けしたなぁ」
「衛兵の実戦訓練を賭けの対象にしたり」
「あれは熱かったよね。僕様も思わず手に汗を握ったさ」
「新人のメイドたち相手に王族のサインを売り物にしていたのは、幼心にもさすがにどうかと思いました」
「いろんなプレゼントと交換にね。現金はもらってなかったろ?」
昔から次兄殿は倫理観が低く、口が上手くて断れなくて、何度か巻き込まれたことがある。結果はだいたい散々だ。
私が本格的に士官を目指すようになってからは会う機会は減っていったが……少しだけ、懐かしく感じる心もあった。
「私はまだ、この前の協力の話に返答はしていないのですがね」
「ああ、アレはナシででいいよ。もっと面白いこと思いついたんだ。なぁに、損はさせないさ」
「損した覚えしかないのですが」
協定の話は真面目に悩んでいたのだが、知らないうちに流れたらしい。やはり断るつもりに振れていたとはいえ拍子抜けだ。
飽き性で気まぐれで、やる気があるのかないのか分からない。
だが、正道を行くことはない。
「で、本題だね。当初の予定では君を王様レースに出馬させて三つ巴にするつもりだったんだけど、それが頓挫しちゃったわけじゃないか」
「最初から不謹慎すぎませんか?」
「まあでも、君が嫌ならもう一人を引っ張り出してくればいいと気づいたんだよ。セレスディアを遊びに誘おうぜ」
遊びでやってるのはあなただけなんですよ。
「アイツ、貴族や議員の不正を暴きまくった過去があるからさ。ハルロンド派だけをけっこう切り崩せそうでいいんじゃないかなって思うんだよね。僕様の支持者は大なり小なり悪いコトしてるから近寄らないだろうし」
「清濁併せ呑むと言いますが、濁の方だけがぶ飲みしてませんか?」
「ただ、アイツは有力者から嫌われてるから王位は狙えない。引っかき回す役としては面白味に欠けちゃうのは難点だ。――だが、アイツには天啓のスキルがある。無理矢理やらせるんじゃなく、どうにかやる気にさせればかなりいいとこまで来ると思うから、そこをどうするかだよね」
ライバルを増やすことで長兄殿の支持者を削る作戦なら、たしかに王位を狙える位置にいないと意味は薄い。しかし姉上を参戦させてもこの次兄殿に痛手はないのだから、やるだけなら得しかないか。
だが、あの王になる気のない男装の麗人を舞台に引っ張り出せたなら、むしろ周りが盛り上がるのではないか。
「姉上は民衆から絶大な支持がありますよ。いいところまで行くどころか、完全にひっくり返されると思いますがね」
もし姉上が声明を出したなら、新聞や雑誌がこぞって記事にするだろう。民意は確実に傾くはずだ。
「ハハッ、まあ武器の一つではあるだろうけれどね。――平民なんかに人気があってもなぁ」
……こういう人だ。
「それでさ、君セレスディアと仲いいだろ? 説得してくれないかなって」
あのバーベキュー大会に現れたときも違和感があった。本来なら有力者たちの元で笑顔を振りまいている彼が、庶民のイベントにやってきたのは異常に感じたものだ。
彼の言葉を真面目に受け取ってはいけない。表情も行動も疑うべき。
なんだったら、目的までもを。
「以前、南部戦線の奇襲はご自分のせいなのではないか、と疑う噂があるとのお話をされましたよね?」
姉はあれで研究者気質が強い。望まない王位を狙わさせられるのも酷だろう。
強引に話題を変えると、不思議そうな顔をされた。
「あれを調べさせました」
「あー、そうか」
「あなたの支持者が流した噂ですよね?」
調べさせたというか、調べは付いていたというか。軍もあんな噂をただ放っておいたわけではないというか、放っておく前に事情はある程度分かっていたというか。
軍関係者に直接、そういう話をした者がいたらしい。
次兄殿の支持層は寄せ集めだ。明らかに一枚岩ではない。だから足を引っ張る輩もいるだろう。……そう判断されて、捨て置かれたのだそうだ。
その輩たちを尋問させた。
「あれは、あなたが流させた噂じゃないですか?」
彼があの話をして、私が聞いたことがないと言ったとき。意外そうな顔をしていたのが引っかかっていた。
まるで当然知っているべきなのに、と言われているみたいで。
「おお、よく分かったね。その通りだ」
あっさり認めるんだな。逆に、もしかして適当に相づちを打ってるだけなんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。
「そんなことをしても不利になるだけですから、ただ自身の悪名を広めているだけではありませんよね。なぜそんなことをするのか、教えてもらっていいですか?」
「なんだ、目的までは分かってないのか。まだまだだね、ロア」
いかにもガッカリだと言うよりに、我が国の第二王子は肩をすくめる。
「僕様は王子だからね。もちろん、王国のためだとも。決まってるだろ?」