神の試練
「いやぁー、アレが殿下の想い人デスか? なんか地味っていうかおぼこっぽいっていうか、ザ・一般人って感じデスね!」
「誰が誰の想い人だ」
今日付で手に入れた民家はグレスリーの手配だった。近隣に空き家は多いが、あれが勧めただけあってなかなか悪くない物件だ。
ホコリは積もっているが雨漏りはないし、床は軋まないし、扉も油を注しただけで開閉時に音を立てなくなった。
二階があるのも良く、その上の屋根裏部屋に窓があるのもいい。高所から周囲を眺められるのはアドバンテージだ。いざというときは狙撃もできるし、なにより装備を隠せるスペースはありがたいが――
「護衛はいらんと言っただろう」
「そんなわけにいかないでしょう。ご自身の立場をお考えください」
「つーか、殿下一人で一般人の生活できるわけないじゃないデスか」
銃器や手榴弾、防弾着などを屋根裏部屋に運び入れながら、ちゃっかり自身の寝袋を持ち込む部下……元部下にため息を吐く。
マルクにミクリ。真面目な兄と騒がしい妹のこの双子の兄妹は二人とも精神干渉系に対抗できるスキル持ちであり、軍属直後から自分の部下として支えてくれた者たちだ。
もっとも歳が近いせいもあってか、だいぶん上官を舐めてくるのだが。
「軍隊式だが料理も掃除も洗濯もできる」
「アハハハ、軍隊式でどうするんデスか殿下。一般人の生活デスよ。知ってるデスか一般人の生活? 王族様が知るわけないデスよねー!」
「我々は平民出ですので、護衛とともに殿下の生活のサポートも任されています。お役に立てることは多いと思いますよ」
ぐ、と詰まる。たしかに王族に産まれ軍人として生きた自分には、一般人の生活は分からない。宮廷料理を食すときのマナーも携帯糧食のクソ硬い缶詰の開け方も完璧に分かるが、場末の酒場の作法はまったく分からん。
「……せめてこの家には居座るな。近隣に空き家ならいくらでもあるんだ。好きなところに潜伏しろ」
「お、それってつまり、経費で夢のマイホームが手に入るってことデスか!」
「一人一軒いいってことですかっ?」
「厚かましいなお前ら。グレスリーに言え」
あの堅物がそんな贅沢を許すとは思えないが……いや、どうだろうな。冷血スキルがなくなってだいぶん性格が変わったから、もしかしたらノリで許可するかもという不安がある。今のグレスリーはいまいち読めん。
「つーか、引っ越しの手伝いってこれで終わりなんデスか? 殿下の荷物少なすぎじゃないデス? 腐っても王族なのになんで普通の乗用車一回で全部運べるんデスか?」
「継承権第四位はかなり新鮮なはずだがな。と言うか、私物なんて筆記具と着替えくらいではないのか?」
「趣味の一つもないんですか? というか食器とか軍のやつ使い回す気ですねこれ。どうせベッドも買わずに寝袋使うつもりでしょう。家が殺風景すぎて訪問販売に怪しまれるレベルです」
「なんでもいいから揃えるべきデスね。まずは最低限、ソファとベッドと棚とクローゼット。食器は来客用もで、そのあとは細々とした調度品も。でないと他国のスパイ疑惑で通報されて気まずい思いするデスよこんなん」
怒濤のダメ出しを受けている気がする。こいつら下町出身だからって一般人マウント取り過ぎではないか。
「わかった。とにかく買い出しだな」
「じゃ、あたしあの娘の監視してますデスね。殿下センスがヤバそうなんで、マルク連れていってください」
「ホント失礼だなお前」
「ああ、神様。どうしてこのような試練を与えるのでしょうか」
せっかく人の少ない両隣が空き家の物件を選んだのに、お隣さんができてしまった。それがショックで、自室に引きこもって教会の方角へ両膝をつく。
神様からしたら、隣人ができたくらいでなにが試練なのか、という感じなのだろうけれど。でも全知全能ならわたしの事情も察してほしい。
「……まあ、でもそんなに関わらなければいいだけですよね?」
お隣さんと言ってもいろいろだ。すごく関わってくる人もいれば、顔を合わせたら挨拶する程度の人もいる。
相手がわたしのように基本引きこもって、なるべく他人と関わらないようにしてる人ならいい。……まあ昨日の感じ、ロアさんはそんなタイプではなさそうだったけれど。でも、あんまり積極的に関わってくるような人柄ではなかったと思う。
だからいい。だから大丈夫。わたしの平穏はまだ護られている。
「こんちわーデス! どもども、もうすぐこの辺りに引っ越し予定のミクリと申しますデス! スキルを剥奪してもらいたくて来ました!」