三人揃い
翌日は曇り空だった。暗くどんよりとしていて、でも雨は降っていない。ただいつでも降り出しておかしくないな、って天気。
こういう日は涼しいから、庭の手入れをするにはいい。今日は買い物にも行かない日だし、草むしりするだけだから雨が降り出したらすぐに切り上げられる。
今日はまだお客さんが来ていないから暇だし。
「ロアさんの庭、すごく綺麗だから見比べられちゃうからなぁ……」
お隣さんの立派なお庭をチラリと眺めて、苦笑してしまう。
一時期ロアさんと一緒に住んでいたシシさんは花や木が好きだったようで、それまで飾り気なかった隣家の庭をすごくオシャレにしていった。シシさんはいなくなってしまったけれど、ロアさんはそれからもしっかり庭の手入れをしている。
だからお隣の庭はとても素敵。だからわたしは庭を、最低限くらいは綺麗にしなければならない。
「うちにもお花とか観葉植物とか、もっと植えようかな? エレナさんのお店に行っていいのを見繕ってもらって……でもなぁ」
わたしも手伝ったけれど、あの素敵なお庭って荷車いっぱいに運ぶくらいに花を買って改造した結果なんだよね。あれに見劣りしないようにとなるとさすがに出費がすごいし、お世話も大変そうだなって思うとちょっと踏ん切りがつかない。
まあ対抗する必要はないんだけどね。でもお店をやっているのだから、お客さんに綺麗な店先だなって思われたくはある。
いっそ植物じゃなくてもいいかな。可愛いオブジェとかで飾るのはどうだろ。あるいは玄関の隣にベンチでも置いて、お客さんがたくさん来たとき外で待ってもらえるようにするとか? でもお客さんが列になることってないしな。ここがお店だっていうのもちょっと分かりにくいって言われてるし、カフェみたいな地面に置ける料金表の看板を庭先に出すのもいいかも。
まあ見窄らしくしなければすぐにどうにかする必要はないか。でもちょっとくらい変えたいから、雑草抜いたり落ち葉を片付けながら、ゆっくり考えよう。
「あれ? 飲み物係の子じゃないか。おはよう! よく会うね」
嘘でしょ? こんなに連日、王子様と街で会うことある?
街というか自宅前なんだけど。
「お……おはようございますソーロン様」
振り向けば、一度見たら忘れられないほど美形の青年がいた。曇り空なのに金の髪が輝くようで、笑顔が眩しくて。
「どうしてこんなところに? もしかしてわたしのお店に御用ですか?」
それしか考えられない。昨日はあまり興味を引かれてなさそうだったけれど、思い直して来店したのか。
やっぱりあの指ぱっちんのスキルを剥奪しに? 意味はあんまりないけれどハズレスキルとは言えないし、制御もできてるし、簡素な封印具で使えなくなってしまう程度のスキルをあえて剥奪に来るだなんて……。
そんなのは、持っていたくないスキルだから、だとしか思えないのだけれど。
「いや? ロアの奴に嫌がら……前にしてた借金を返そうと思ってね!」
もしかして嫌がらせって言おうとしました?
「ほら、バーベキュー大会のとき言っただろ? 僕様はロアにお金借りててさ。それを今日返しに来たってわけだよ」
それはたしかに言ってましたけれど、嫌がらせって言おうとしてましたよね?
「それに、どんな暮らしをしているのか実際に見て茶化してやりたいしね!」
やっぱり嫌がらせじゃないですか。
「どうせあの味オンチは軍の携帯食料みたいなのばっかり食べてるに違いないからね。偏りまくった食生活をバカにしてやって改めさせて、たまには僕様が美味しいお店に連れて行ってあげるのもいいかなって思うんだ」
ああ、食生活の心配はごもっともですが……。
というか、二人は一緒にご飯に行くくらいの仲なんだ。いったいどういう関係なのだろう。
「……失礼ですね、ソーロン王子。最近の軍のレーションは好評ですよ」
ガチャリ、と音を立てて隣家の扉が開いて、ロアさんが顔を出す。……この潜伏任務中の軍人さんは気配感知スキル持ちだからか、ソーロン王子が来てることも察知していたらしい。
会話も聞かれちゃっていたか。ソーロン王子の声、よく通るからなぁ。
「やあ、おはようロア。かわいそうに、缶詰とか瓶詰めとかの保存技術が洗練されてきて美味しくなったって言っても、さすがに携帯食料じゃ一流の料理に勝てないって分からないんだね。あと今の君はパンとトマトとジャーキーの限界一人暮らしメシ生活だろ? 食事には栄養以外にも満たされるものがないといけない、ってことを知らないもんな君は」
「そうでもないですよ。私もこちらで生活するようになって料理を覚えました。最近はなかなか凝ったものも自炊していますからね。ちょうどいい、手料理を振る舞いますのでどうぞ上がってください」
「それ大丈夫か? 毒入ってなくても毒殺されない?」
不敵に笑うロアさんに、ソーロン王子の顔が引きつる。
ロアさんの料理は毒ってほどじゃない。最初にいただいたお茶はすごく濃くて渋くて、飲むと頭痛や腹痛がしそうで心配な味だったけれど、一回ちゃんと料理の仕方を教えてからは……うん。ちゃんと食べられるくらいにはなっている。
ただ、王族に振る舞えるほどでは絶対にないんだよね……。
「まあいいや。君が僕様の舌を呻らせられると思ってるのなら、その挑戦を受けて立ってやるのも一興だよ。なんの忖度もなくしっかり評価してあげるから、その付け焼き刃にすぎない手腕を存分に振るってみせるがいいさ。――それじゃまたね、飲み物係さん。もし僕様が今日死んだらロアの料理がクソマズだったせいだって、ちゃんと警察に証言しといてよね!」
えっと……そうですね。ソーロン王子の肥えた舌にはショックが大きいかもしれませんし、そのときはそう証言しましょう。