悪い噂と運命の神様
ソーロン・エルドブリンクス王子にはいろいろと悪い噂がある。
たとえば、王国議事堂での議長暗殺未遂事件。
たとえば、ヌーザー侯爵家主催のパーティ会場爆破事件。
たとえば、南部戦線の後に起こったペンドラ王国大使館襲撃事件。
それらを裏で操っていたのが、ソーロン王子なのではないかと言われているのだ。――確証はないが。
ソーロン王子を支持するのは爵位の低い貴族や木っ端の議員たちだ。
彼は日々そういう者たちとあの調子で遊興にふけり、親交を深め、自分が王になったら重用するなどと適当なことを言いながらせっせと支持を集めている。
そうしながら、崖っぷちにいる者を品定めしている。
不祥事により議員としての籍を追われようとしている者。借金で首が回らない没落貴族。そこまで酷くはなくても、高貴な地位を継げないのに自尊心の高い思想ある三男四男など。
そういう相手をそそのかし、都合の良い駒にして、使い捨てる。結果的に王国やハルロンド王子の不利益になるように。
事実、それらの事件の首謀者たちはソーロン王子との交友があり支持者だった。
――というのが、王宮関係者や軍の間での見解である。
まあ、自分はあまり詳しくないのだが。
ペンドラ国の軍がいきなり王都南部を奇襲できたのはソーロン王子が手引きしたからだ、とかいうあの噂話がまことしやかに蔓延っているのもそういう経緯があるからなのだろう。
「……まあ、サーがあの人を嫌っているのは、そういう目で見られても一切行動を改めないところだろうけれど」
肉屋から出てきたソーロン王子を尾行しながら、後頭部を掻く。
事件に関係があってもなくても普通は自重する。交友関係を選び、遊びに費やす時間を減らし、演技でも真面目に過ごして周囲の目が変わるのを待つ。
けれどソーロン王子はそういうことをしない。まったくしない。そういった事件があっても変わらず遊び呆けている。
関わってたら論外。関わってなくても変われ。
せめて仕事はしろ。
そんなところだ。
「あるいは――自分なんかには閲覧もできない、王族や軍の上層部にしか明かされてない証拠とかもあるかもだけどな」
ソーロン・エルドブリンクスは王族だ。醜聞が隠蔽されることもあるだろう。その場合は本気で危険視しているに違いない。
なんにしろあの王子は要注意だ。仮に彼が噂通りの人物なら、アネッタさんを欲しがるだろう。
なにせ貴族でも議員でもない町娘。強力なスキルを持つけれど、いざとなったらいくらでも使い捨てられる駒なのだから。
様々な店舗が建ち並ぶ活気ある大通り。そんなピペルパン通りで尾行するなら、下手にコソコソするのは良くない。目的地が一緒の方向ですよ、みたいな顔で堂々とついていけばいい。
距離は近すぎず、しかし見失わない程度を保つ。聴覚強化スキル持ちだった場合を考慮して、足音を相手の足音で消すため歩調を合わせる。
まあ、すぐにこの尾行は終わるだろう。マジで乗り合い馬車を使っているのか、それとも他の足があるのかは知らないが、まさか中央区から歩いてくるはずもない。あと少しここをまっすぐ行ったら――
ソーロン王子が角を曲がる。
「……仕方がないな」
尾行はチームで行うべきだ。本気でやるなら自分は大通りをまっすぐ行って、路地は他の仲間に任せる。バレる可能性が飛躍的に高まるからだ。
しかし今は自分一人しかいない。
そして……大通りを外れるのであれば、乗り合い馬車なり専用の足なりの場所へ行かないのであれば、それはこの近辺でなにかやるということで。
ため息を吐いて、ソーロン王子を追うために角を曲がる。
「やあ、マルク君じゃないか。奇遇だね! ロアに僕様の監視でも命令されたかい?」
これだからこの国の王族は嫌なんだ。どいつもこいつもスペックが高い。
ロイヤルスキルを持たない、しかも封印具を身につけた次兄でこれだ。
「奇遇ですね、ソーロン王子。ええ、その通りです。いつから気づいてました?」
ソーロン王子は満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。言い逃れは不可能だし、王族への虚偽罪を被るのはゴメンだ。
「いや? まったく気づいてなかったかな。僕様が街を歩いてると、サインを欲しがるファンか命を狙ってくる悪者かが後ろをついてくることが多くてね。ときどき無意味に路地裏に入ると慌てて追ってくるから、こうしてビックリさせてあげるんだ」
「どうしてまだ生きてるんですか?」
「人間なら言葉が通じるだろ? たとえ暗殺者だろうが心を込めて話せば分かってくれるものさ」
分かってくれるはずないだろ王族が危険なことするな。いや自分らは王族を戦場の最前線に蹴り出してたけども。
遠視のスキルを使う。指に封印具ははまっているのを確認する。
冷静に考えて、暗殺者と話して見逃してもらう、なんてことはしていないだろう。こういうことをよくやっているなら、戦うスキルか、無力化するスキルか、逃げるスキルかを持っていると考えた方がいい。
――戦闘系スキルならある程度対処できる。逃走系スキルならまあいいし、逃げるくらいなら待ち構えたりはしないだろう。厄介なのは催眠系とかの条件発動する無力化スキルか。
「ところでマルク君。君、僕様の尾行だろう? 僕様の行動を監視し、詳細に報告するのが今の君の任務のはずだ。違うかい?」
「そうですね。こうしてバレたから御破算ですが」
「なんでさ? べつにバレたからって尾行を終わらなきゃいけない決まりはないだろ? なら僕様と一緒に行動すればいいじゃないか」
なに言ってるのこの人?
「これから若手の議員たちを集めて、もしかしらた新しい流通を担うかもしれない食肉試食会をするんだよね。でも珍しい肉ばかりだから最適な調理法が分からない。――そんな僕様の前に、腕のいいピットマスターの君がいる。これは運命なんじゃないかな?」
本当にそうなら運命の神様蹴り飛ばしますが。