ザールーン教に対する、普通の人の対応
ザールーン教。
それはかつて、ソーロン王子と同じくあまり強いスキルに恵まれなかった王族がいて、その人が創設した宗教だったはず。
この宗教は王国の歴史に、大きな転換期を与えた過去がある。
昔、この国でスキルの強さは正義だった。強いスキルの所持者は尊重され、弱いスキルしか持たない者は蔑まれた。そういう時代が確かにあった。
王が強いスキルを持つことを威光にしていた、まだ王国が安定していない古い時代ほどその傾向は強かった。弱いスキルしか持たない者は努力をしていないからだ、なんて言われて軽く見られ、差別されることもあったらしい。
ザールーン教は、そんな悪しき風潮を一新した。
スキルはたしかに便利だ。しかし、スキルに振り回されてはいけない。
人間性はスキルとは関係ない。弱いスキルしか所持していなくても心根の素晴らしい者はいるし、逆に強いスキルを持つからといって他者を蔑む者が善い人間のハズがない。
しかし人々はスキルの強弱で人の価値を計ろうとする。これはいずれ王国の破綻を呼ぶだろう。スキルが人を惑わすのであれば、社会を歪めるのであれば、捨ててしまった方がいい。
王位を辞退した王族のそのスピーチは、多くの人々の心を打った。
弱いスキルしか持たない者でも胸を張って生きていい。強いスキルを持つからこそ横柄にならず、心を律し自制した振る舞いを心がけなければならない。
ザールーン教に入信まではしなくても、その考え方は波のように広がり、それまでの風潮を洗い流した。
そう、ザールーン教はいい宗教なのだ。ちょっと入信するとスキルが使えなくなるだけで。
「す……すみません、ソーロン様」
元々は王族が創ったものだから国教の一宗派みたいな感じだし、昔のような弱いスキルしか持たない人が差別される時代に生まれなくて良かったなって思うし、そういう意味ではとてもお世話になっているのだけれど。
でも、無理。ザールーン教には入れない。
「……わ、わたしはスキルを使用しないとできないお店を開いていますので、ザールーン教には入信できません」
血の気が引く思いで断る。
王族の申し出を拒否するなんて本来なら許されないことだけれど、わたしのスキル剥奪はスキルなので、スキルが使えないとスキル剥奪屋ができない。
「あ、そうなんだ。残念だけどそれは仕方がないね」
軽い……。
こっちがすごい覚悟でお断りしたのに、そうなんだ、で済んでしまった。良かったけれど、本当に王族なのかと思ってしまう。
セレスディア様はもっと恐いところもあったけれど。
「いやぁ、実はリレリアンにも断られちゃってねー」
「そりゃあねー。お肉屋さんは力仕事だから、アタシみたいなか弱い女の子だとスキルなしじゃキツいでしょ」
「うんうん、たしかに。レディに苦しい思いをさせるのは気が引けるから、それも仕方がない」
そんな理由でもいいんだ。本当に軽いなこの人。
あとリレリアン、スキルなしでもビックリするくらい体力あるでしょ……。
「まあ宗教の自由はあるから、僕様も無理強いはできないさ。でも、もしザールーン教の人と会ったらソーロンに布教されたよって言っておいてよ。サボってるって思われると気まずいしね!」
それ真面目に勧誘する気ないでしょ絶対……。真剣に覚悟して損した気分。
でも良かった。この人がこういう人で。本気で勧誘されてなくて本当に良かった。
「それで、君はお店をやってるって言ったけど、どんなお店? もしかして面白い商品とか売ってたりする? 木っ端貴族の子供にウケそうなヤツがいいんだけど」
「あ、いえ……わたしのお店はそういうのじゃなくて……」
これは……マズい。酷い予感がある。
わたしのスキル、たぶんこの人の好みだ。すごいしょうもない使い方で一通り遊ばれそうな気がする。
「その、スキルで困ってる人を助けるお店で……」
「アネッタのは凄いよ。スキル剥奪屋って言って、いらないスキルをとっちゃうんだ」
なんとかはぐらかそうとしたけれど、リレリアンが代わりに説明してしまう。こういうとき、物怖じしないこの友人は困る。
どうしよう、貴族の子供のところまで連れてかれて玩具にされたら。もし興味を示されたら、わたしのスキル剥奪はリスクがあるってちゃんと説明しないと。
「へええー、それは面白い。もしかして僕様ご自慢の、指ぱっちんでピアノの音が出せるスキルもとっちゃえる?」
「どうやって習得したんですかそれ?」
「フフ、ピアノも指も打楽器だからね。数年がかりで音を変える練習をすればできないことはないのさ。まあパチパチやってピアノソナタの名曲ができたら面白いなって思ったんだけど、そんなに高速でハジいたらすぐ指先が痛くなってダメだったよ」
指を打楽器って言う人は初めて会ったし、そんなスキルを数年も練習する人も初めてだし、それだけ練習したうえで指が痛くなるってことに気づかなかったのなんてツッコミどころしかない。
「アハハハハ、いいなぁソーロン様。ねえ、アタシそれ聞きたい。指痛くならないくらいでいいから演奏してくれない?」
「んー、残念。今の僕様はザールーン教の信徒だからね。スキルは使えないのさ」
肩をすくめながら、封印具の指輪を付けた手を掲げて見せるソーロン王子。たしかにザールーン教ならそんなスキルも使えないのだろう。
「おっと、お肉の用意ができたようだね」
ガチャリと奥の扉が開いて、がっしりした禿頭の中年男性が現れる。強面でお客さんが恐がるからなるべく店頭に出ないようにしている、リレリアンのお父さんだ。
なんでソーロン様が店内で待っているのかと思ったら、どうやら裏での作業を待っていたらしい。
「ありがとう、店主さん! まだ精肉してないのもあったのに無理を聞いてもらっちゃって。お礼に、僕様の知り合いたちにもここを宣伝しておくよ!」
それ貴族とか王宮の人とかですよね?
「それじゃ、お話できて楽しかったよお二人さん。またねー」
包まれたお肉を受け取って、ソーロン王子は嬉しそうに笑いながら手を振って、お店を出て行って。
あれ? スキル剥奪に興味を示されなかったな、って。わたしはちょっと、拍子抜けしてしまったのだった。