王位継承権というもの
「……王としての実権を全部、ですか」
軽蔑が、声に漏れた。
「そう、実権全部だ。僕様は王座だけで満足だから、政治に関してなにも口を出さないでおくよ。失敗しても批判は全部僕様に押しつければいいんだから、いい話だろ? ハルロンド相手に共闘して、勝ったらあとのことは君がすべてやるといい。君の所属する軍部の強化をするもよし、今お世話になってる民衆のために頑張るもよし、あんまりおすすめしないけれど貴族や議員に媚びを売るもよしだ」
あなたの支持者のほとんどは貴族や議員でしょうに。
「では、あなたはなんのために王になるのですか?」
問う。
長兄ハルロンドと相対し、王国を乱してまで王座に固執するのはなぜか。
「逆に聞くけど、なぜそんなことが疑問なんだ? せっかく王位継承権があるんだから、王になりたいと思うのは当然だろう? 僕様からしたら、揃いも揃って王位に執着がない君たちの方が異様だよ。そのくせ辞退して譲ってくれる気はないのと来た。惰性で慣習を踏襲してるだけじゃないか」
不可解そうに、ソーロンは首を傾げる。
王になりたいという動機に理由は要らないと。……実際に王位に手を伸ばせる者がそれではダメだろう。
「まあ僕様だってそんなこと言えたものじゃないけれどね。なにせ、王様にはなりたいんだけど、べつに王様になってやりたいことはないんだから。むしろ面倒なことは君が全部やってくれると嬉しい。僕様はお飾りでいいから、ぜひ裏から王国を操ってくれよ」
どうしてそんなことを軽々しく言えるのか。王になりたいだけでやりたいことがないなんて、己の愚かさを曝け出しているだけではないか。恥だと思わないのか。
まるで空洞。あの笑顔は薄く薄く貼りつけた紙製なのではと疑ってしまう。
「それでは、あなたが王になる意味がないでしょう」
マトモに相手をするのも馬鹿馬鹿しくなる。話が通じるかどうかも怪しくなってくる。
しかし言葉は交わさなければならない。
「ん? でも君は王になる気はないんだろ?」
それは私の立ち回りを見れば一目瞭然なのだろう。だが、ならなぜ面倒な部分だけを請け負うと思っているのか。
というか私が王になりたいと言っているわけではない。あなたがふさわしくないと言っているのだ。
「たしかに王になる気はありませんね。ハルロンド兄上が王にふさわしいと思っていますから。……なので、あなたに協力する理由はありません」
「あれがか? まあマシだと思ってるだけだろ。どうせ王になっても現状維持を続けるだけだって目に見えている。ハルロンドは歴史に埋もれる平凡な王にしかならなくて、だから面白味がないけれど無難だって、そんなとこじゃないか?」
遠慮がないな。たしかにその通りだが、しかし現状維持を望む者が多いのも事実だろうに。
「――でもたしかに、そんなあいつは君よりはマシだろう。王になりたくないどころか、政治を決定する立場になってもやりたいことはないだなんて、そんな君は王子としてあまりにもあんまりだからね。責務放棄に等しい。王位継承権を持つ者は、王位を継がねばならない日を常に想定しておかなければならない。君の上は三人しかいないのに、全員死んだらどうするのさ?」
ぐむ、と。思わず息を飲んだ。
私は王になる気はない。それは変わらない。だが用意もしないのは怠慢だと、真正面から咎められた。
歴史上、継承権第四位より下の者が王になった例はある。上がいるから回ってこないと考えるのも、自分はそれに備える必要がないとタカを括るのも、間違いだ。そんな心持ちでいるのは王国に対して不誠実で、この次兄以下であると突きつけられる。
「下位でも順番付けされている以上、もし回ってきたら自分が一番上手く王がやれるようにしておく。少なくともその気概は持っておく。それが僕様たち継承権持ちのあるべき姿だ。だったら、自分が王になったらどうするのか、と政策の一つや二つは考えておくべきだろ?」
「……実権を全部渡すと言っていた人の言葉とは思えませんね」
「僕様は君にチャンスをあげようと思ってたんだよ。やりたいことがあるだろうからやるといいさ、って。僕様が王になり君が王国を動かすなら、ハルロンドのつまんない王政よりはよっぽどいいと思っていた。でも君は僕様より不真面目だったか」
自分も不真面目な自覚はあるのではないか。それを棚に上げてどの口で私を諫めるのか。
というかそもそも、そんな公的文書に残せるわけがない口約束を誰が信じるのか。仮にこの口車に乗ったところで、彼が王座に座った瞬間に反故にされるのが目に見えているではないか。
だんだんとイラついて来た。こんな薄っぺらい、誰にでも見抜ける嘘にホイホイ騙される愚鈍な人間だと思われているのだろうか。
それは侮辱ではないか。
「まあ、仕方がない。ロアが王国に対して恥ずかしくなるような王子でも、僕様の弟なのは間違いないのだからね。せいぜい君の成長を見守るとしよう。――もし王の実権を握ってやりたいことができたら、僕様に連絡してくれ。そのとき、僕様たちはお互いを尊敬し合う協力関係になれるだろうからね」
偉そうに。
「誰がそんな話を――」
「じゃあね、ロア。僕様が手段を選んでいられるうちに、連絡が来ることを祈っておくよ」
断絶の返事は、凄惨な笑顔に遮られた。それは落ちきった夕陽の残滓のようで、明るいのにほとんどが暗くて、どちらでもいいぞと言われている気がした。