虚実の王子
――ソーロン第二王子は毎日のように遊び歩いている人物。その評価は正しい。彼は事実その通りの行動をしている。
だが、彼はただ遊んでいるとは言い難かった。……残念ながら、風評のとおり仕事はしていないが。
彼は本来なら、こんな街の片隅に現れる人物ではない。彼が遊びに向かうのは爵位の低い貴族や下級議員の元だからだ。
そういう者たちを訪れ遊興にふけりながら、相手が求めていそうなことを適当に言って支持者を増やす。そういう活動を何年も続けている。
落とし文句はまあ、自分が王になったら重用してあげる、と言ったところだろうか。どうせ次の日を待たず忘れるのだろうが、言われた方はずっと信じ続ける。
なんにしろ、王族として貴族や議員たちと親交を深めるのも決して無意味なことではない。そして実際は遊んでいるだけとはいえ、困窮している貴族たちの会合だの、議員たちとの意見交換会だのと仰々しい建前を使うのだ。
最初は誰もが気にも留めていなかった。ロイヤルスキルを持たない王子が木っ端の貴族や議員と遊んでいても、誰が気にするというのか。
しかしそれが数年もたち勢力と言えるほどの人数を得ると、そうも言っていられなくなった。
王国内部の分断が起こったのだ。
「ハハッ、やるじゃないかロア。よく僕様が君のことを調べてきたって見抜いたね!」
ドツいてやろうかこの兄。
「なんだ、王族として致命的なほどの脳筋野郎とばかり思ってたけれど、ちゃんと頭働くじゃん。いいねいいね、さすが僕様が見込んだ弟だ!」
「一度、あなたが私をどう評価しているのか聞いてみたいものですな」
どうせろくなものではないと思うが。
嬉しそうに、楽しそうに笑うソーロン王子に動揺はなさそうだ。さすがにミスとしても迂闊すぎるし、最初からバレてもいいと思って動いていたのかもしれない。
「ですが、まずはなぜ私を調べたのかを教えてくれませんか?」
「いやぁ本当に心配だったんだよ。だって、どう考えたって君が市井で暮らせるわけないんだから。絶対困ってるだろうなって。君だって僕様の立場だったとしたら、ロイヤルスキルの威圧持ちが街に降りたら、どんなオモシロ愉快な生活をしてるのか気になるだろ?」
「まさか、野次馬するために調べたと……?」
本心が見えない相手だから嘘の可能性が高いとはいえ、本当だったらと思うとショックだぞそれは。他の誰よりも見付かりたくなかった相手なのに。
「ああ。だけど存外に手こずったよ。本当はもっと簡単に、素早く調べがつくと思ってたんだよね。どうせ街を歩いてるだけで威圧で一般人がバタバタ倒れるような奴なんだから、隠れて暮らすなんて不可能だろって」
「封印具を付けていればそこまででもないですよ」
「下級議員たちの間で笑い話になってた、頭から爪先まで黒装束に包んでジャラジャラ飾り付けたクソ不審者スタイルね。そっちでも目立つのは同じだから捜しやすいだろ?」
いやまあ、ぐうの音も出ないが。
というか笑われていたのか。議員たちと軍部はあまり関係がよろしくないからな。
「ま、どうやら完全に威圧スキルは抑制できているようでなによりだ。ところで本題なんだけれど、ホムルス家との縁談を断ったそうじゃないか。もったいない」
あまりに簡単に、あっさりと、ソーロン第二王子は本題という言葉を使った。
そうして、曲刀のように切れ味の鋭い話題を突きつける。
「……あれは食事会であり、縁談ではありません」
「同じことだろ。君が普通にしているだけでそうなってただろうさ」
カレン嬢との食事会は非公式のものだった。正式な見合いでもなんでもない。よって、当然だがあの会食があったことを知っている者は限られる。
つまりこの次兄は、本当に私のことを調査しているということだ。
「本当にもったいないことをしたね。健気で性格も良くて美しい嬢さんだったのに。彼女は良い妻になったと思うよ」
「まあ、女性として魅力的な方だとは思いますが」
「だよね。おっぱいも大きかったし」
本当に、殴って制圧していい相手だったら楽なのだが。
「残念だよ。ホムルス家はハルロンド派だからね。その子女と君が結婚していれば、ホムルス家やそれに連なる武闘派は君の支持に回っただろう? ハルロンドの支持者がゴッソリ減ることになったはずだったのに」
――そんなことを考えていたのか。
ホムルス家の当主は王国軍元帥も務める武の家系ではあるが、由緒正しさに重きを置く古い大貴族であり第一王子ハルロンド派だ。
しかし子女を私に嫁がせれば鞍替えの理由が立つし、そうすれば軍に所属する武系の貴族たちが連なる可能性は、たしかにあっただろう。
「まったく、なんのために君の好みっぽい相手を探してあてがってやったと思ってるんだか」
ヤレヤレと、ソーロンは肩をすくめる。夕焼けの赤がその顔に深い陰影をつける。
「困るんだよね、勝手な動きされたら。わざわざペンドラ王国を焚きつけて南部戦線を誘発させて、軍の重要度を上げてやってさ。君の政治的立場を上げるお膳立てまでしてあげたんだから、僕様の思い通りにつけ上がって王位狙ってくれなきゃ」
言葉が、遠く聞こえた。
理解が追いつかない。この相手がなにを言ってるのか分からない。
ただ、許してはいけない気がした。
「君が頑張ってハルロンド派を切り崩して第三勢力になってくれないと、僕様にチャンスが回ってこないじゃないか」
そんなことのために、あの戦争を――
「なんてね。僕様にそんなことできる力があるはずないんだけどさ。本気にしたかい、ロア――?」
ヘラヘラと笑う兄の頭を掴む。ガシリと、我々の母親と同じ金色の髪を乱す。
「兄上はたしか、私の握力がどれほどあるか気にされていましたね? どうぞ、その身でお測り下さい」
「いや君、この世のだいたいのものは握りつぶせるって言って……痛――」
他に誰もいない高台に、声にもならない悲鳴が響く。