お肉に合うハーブティー
リレリアン主催のバーベキュー大会は盛り上がっていた。
中心にいるのは今回の大物ゲストであるソーロン第二王子で、彼の周りには人だかりができている。サプライズでいきなりやって来た王族はこんな街の片隅のイベントに、簡単に溶け込んで人気者になってしまった。
今も彼は美味しそうにお肉を食べながら、周りの若者たちと談笑している。いろんなお肉の部位を食べ比べているようで、彼が大げさに味の感想を言うたび笑いが起こっていた。
わたしはと言えば、最初は驚きこそすれ、そのあとはそこまで。むしろ、ちょっと……いや、だいぶん楽だなとすら思ったりしている。ソーロン王子にみんな注目しているので、わたしのことなんか誰も見ないからだ。
リレリアンとビックスはソーロン王子と一緒に輪の中心にいる。ロアさんとミクリさんは王子の護衛のつもりなのか彼から目を離さない。マルクさんはピットマスターを買って出てたから、今は王子のために集中してお肉を焼いてる。他の参加者たちもみんな、会って話すどころか見ることすら珍しい王族のゲストに夢中だ。
集まってるのを遠巻きにして、ゆっくりとお茶を飲んでいればいいのは嬉しい。どうせみんな、今日の記憶はソーロン王子のことしか残らない。
もちろんお仕事として、あの人だかりの輪に加わらない言い訳として、飲み物の用意はしておく。
水と葡萄のジュースはたくさんあるけれど、一番の人気はリレリアンおすすめのハーブティーだ。爽やかな香りが心地よくてお肉によく合うし、しかも消化も助けるらしい。……リレリアンはこれを飲みながらだといくらでも食べられるって言っていたけれど、どうしてあんなスタイルを保っていられるのだろうか。
ケトルが湯気を吹く。
どうやらお湯が沸いたらしい。わたしは座っていた木椅子から立ち上がって、火から遠ざける。
まあ、やることと言ったらこれくらい。とはいえ火の番は誰かがやらなきゃいけないから、ここにわたしがいてもいいだろう。
「やー、可愛いお嬢さん。喉渇いちゃってね。僕様にも飲み物を貰えないかな?」
……え? ついさっきまで真ん中にいたのに?
ほんの少し目を離しただけなのに、その間にここまでやってくるなんて――
心に仮面を被る。振り向く。
「ええ、もちろんです。お水と葡萄果汁とお茶と、どれがいいですか?」
新しいコップを出しながら、精一杯の笑顔で聞く。
ソーロン王子はここに来たばかりだから、自分のコップを持っていない。火のそばでお肉ばかり食べてれば喉も渇くだろう。
「んー、どれにしよっかなー。お嬢さんのおすすめは?」
お水もジュースもお茶も、おすすめを聞くほど珍しいものじゃないでしょ。
「今日は主催が、おすすめのお肉に合うハーブティーを用意しています。熱いものと、少し冷ましたものがありますよ」
「お、気が利くぅ。猫舌だから助かるよ。じゃあ冷ましたのをお願いね!」
「はい、分かりました」
ニカッと少年みたいに笑うソーロン王子。それを間近で見て、あ、この人すごい美形なんだなって初めて気づいた。参加者の女の子たちの視線が刺さるから早く彼女たちにお返ししないと。
お茶用のケトルは二つあって、さっき沸かしたのとは別の方ならぬるくなっている。コップに注ぐと、柑橘系を思わせる香りがフワリと漂った。
「おお、面白い匂い! 初めて嗅ぐなぁ」
まあ香りはいいけれど、ハーブティーって味はやっぱり草っぽくて独特だから、王宮では出ないんじゃないかな。それに彼は王族なんだからもっと高級なのを飲んでいそうな気がする。
……ちょっと不安になってきた。わたし、彼にこれを勧めてよかったのだろうか。水が一番無難で良かったのでは?
「どうぞ。飲み物はたくさんあるので、いつでも言ってくださいね」
「ありがとー」
不安を抑え込んで、笑顔のままハーブティーを注いだコップを手渡す。今はそれどころじゃない。余計なトラブルは避けたい。
……あれ?
コップを渡すときに差し出された指を見て……そこに嵌められた指輪を見つけて、違和感を覚えた。
右手の中指に嵌められた、金属製のリング。複雑な彫刻を施されたそれは、けれど王子様がするには少し質素なもので……。
「ん? どうしたの?」
聞かれて、心臓が跳ねた。
声には出していない。ほんの少し気になっただけなのだけど、そんなに凝視してしまっていただろうか。それともこの人の察しが良すぎるだけ?
なんにしろ、問われたのだから答えないと変だ。
「そちらの指輪、封印具ですよね?」
わたしは違和感を言葉にする。
スキル剥奪屋をやっていると、封印具をしたお客さんはたまに来る。だからあの素材は見たことがあった。
あれは銀に似ているけれど、スキルを封印する金属だろう。彫刻もそれを強化するものに違いない。
「おお、よく分かったね。そうなんだよ、実は今ちょっとスキルを封印しててね」
「もしかして、ハズレスキルでお悩みですか? もしそうなら……」
「いや? ザールーン教に入信したんだ」
ザールーン教? って、あのスキル不要を説いてる宗教?
たしか昔の王族が作った、宗教だけど神とかじゃなくて世界を敬おうって感じのやつだったはず。小説の題材にもなっていたから知っている。
「お嬢さんは、ロイヤルスキルというものを知っているかい? この国の建国王はすごく強力なスキルを持っていてね、その子孫たる王族には強力なスキルが発現しやすいんだ」
それは、どこかで聞いたことがある。そして実際に見たことがある。セレスディア様の天啓は絶対にそれだろう。
「でも、僕様は他の兄弟たちと違ってそんなロイヤルスキルは持ってないからね。ま、いいかなって」
……そんな簡単に改宗したんですか?