バーベキュー大会のゲスト
「ソーロン・エルドブリンクス王子。少々こちらへ」
「おや、どうしたんだいロア? そんなにかしこまって。僕様は今から美味しいお肉を腹一杯に食べるつもりなんだけど……って、おいおい力が強いな。ハハハ肩が砕けそうだぞマジ痛いんだけどお前握力どれだけあるの?」
「そうですね、この世のだいたいのものは握りつぶせると思います」
「お前いつ人間やめたの?」
来て早々の挨拶でバーベキュー会場を凍らせたソーロン王子が引きずられていく。あの人まだ挨拶しかしていないのに。
それをバーベキュー大会参加者の一同は呆気にとられて見守った。
王族が、どうしてここに? こんな街のバーベキュー大会に?
「あらら。アネッタ、あの二人って知り合いなの?」
「そう……みたいね」
一人だけ脳天気なリレリアンが、わたしに話しかけてくる。わたしに聞かれても困るのだけれど。
というか軽いサプライズみたいな気でいるみたいだけれど、やってることは相当常識外れだって言ってあげた方がいいのだろうか。
たぶんロアさんは、ソーロン王子とは軍関係のお仕事で知り合ったのだろう。要人の護衛に軍が動員されることはあるし。
そのロアさんの反応は、きっともっともだ。にわかには信じられないけれど、あの人が本当に王子様だったのなら……いや、ロアさんの対応の仕方からしてたぶん本物なのだろうけれど、とにかくこんな街の片隅の空き地で開催されるバーベキュー大会にいていい人じゃない。
「へー、ずいぶん仲良さそうじゃん。王子様と友達って、ロアさんけっこうすごい人? あの人って謎だけど何者なのさ?」
「お客さんの個人情報を話すのは守秘義務に反するから」
リレリアンの質問を、スキル剥奪屋の仕事を搦めて躱す。
実際、話せない。ロアさんが潜伏任務中の軍人だってことは、この街だとわたししか知らないはずだ。秘密にしないといけない事情は分かるから、こればかりは言えない。
「というか、なんでリレリアンはソーロン様と知り合いなの?」
「いやー、実は今回のジビエ系のお肉、ソーロン王子が持ってきてくれたんだよ。なんか狩りを見学してたからって、猟師さんと一緒に荷車押して来たんだよね」
一国の王子が荷運びしてきたの?
「それでこんなにお肉あるならみんな呼んでバーベキューやろっかー、って話してたら、僕も行くーって言ってくれたんだよ。フットワークの軽い王子様だよね」
自由すぎる。セレスディア様はすごく頑張って抜け出して来てたのに。
いや、おかしいでしょどう考えても。遊びの狩りとかならともかく、どうして王子様が猟師の狩りに同行したりするのか。というかあの人、護衛とかいなくてたった一人なんだけど。王族にそんな自由が許されるのだろうか。
「フットワークは軽いデスね。王族としての仕事まったくせずに王都中を遊び歩いてる王子デスから」
声に振り向くと、ミクリさんがこっちにやって来ていた。髪を掻き上げた彼女はこちらが驚くほど険しい表情をしている。
「気をつけてくださいね。見た目どおりじゃないデスよ、あの方」
警告の声は、ミクリさんにしては妙に真剣だった。
リレリアンは不思議そうな顔しているけれど、わたしはさっきのロアさんの表情を見たからなんとなく分かる。
そういえば、第二王子様はうつけ者だって聞いたことがある気がする。
「やー、どうもどうも。戻って来たよ僕様が!」
にこやかに大きく手を振って、ソーロン王子が戻って来る。後ろにはロアさんがいて、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「いやビックリしたよ。前にカジノで素寒貧になったとき、お金を貸してもらった相手とこんなところで会うなんてさ。取り立てって恐いね!」
注目していたバーベキューの参加者たちがみんな、えぇ……? って顔をした。さすがに王子様がギャンブルで遊んでいるのも、借金していたのもちょっとどうかと思う。
……いや、ちょっと混乱しちゃってるな。これは嘘。明らかに変。
たぶんだけど、ロアさんが彼に軍人であることを言わないようお願いして、その代わりバーベキューに参加できるというような取引をしたのではないか。
でも、だとしたらもう少し違う嘘はつけなかったのだろうか。ロアさんも後ろで頭抱えてるし。
「だが我が父に誓うけれど、踏み倒そうとしたわけじゃないんだ。すっかり忘れてたし連絡先もまったく知らなかっただけで、悪意はなかったってことだけは承知しておいてほしい!」
ソーロン王子の言い訳になっていない言い訳に笑いが起こる。――ああそうか。わざと隙を見せてるんだ。
リレリアンが主催のバーベキュー大会だから、参加者はわたしと同じくらいの若者が多い。だから近くに王城があった頃を知っている老人たちほどには、王家への畏敬の念はない。その場で膝をつくような者はいない。……けど、とはいえみんな、さすがに王族への敬意は持っている。
変にかしこまらせる前に、冗談で場を和ませようとしているんだ。
すごいな。ああいうの、わたしにはできない。
「おっと、もたもたしてたら美味しいお肉がなくなっちゃうじゃないか。リレリアン、僕様が持って来たイノシシはあるかい?」
「ああ、もちろんさ。今、マルクさんが良い具合に焼いてくれてるよ」
「やった! おおーいそこのカッコいいピットマスター、僕様に一番いい部位を頼むよ!」
煌めくように鮮やかな金髪をなびかせて、子供のような笑顔の青年が鉄板の方へ向かう。
見れば、他の参加者たちはもう笑顔で歓迎していたけれど、やっぱりマルクさんの表情は引きつっていた。