バーベキュー大会
王族は王国のために従事するべき存在だ。
国民の平穏な生活を保ち管理する者。
国家の発展と繁栄を目指し研究する者。
国防を担い剣と盾となりて戦う者。
王族は国を導く使命があり、それぞれに自ら役目を課している。
しかして、役目を持たず王族としての使命を拒否する者も、いた。
「さあさあ、みんな食べて食べて! 牛、豚、羊、鶏はもちろん、イノシシに鹿にアナグマと、たくさん取りそろえてるからね!」
リレリアン主催のバーベキュー大会は散発的に開催される。
彼女のお家はお肉屋さんで、農家さんと猟師さんの両方から商品を仕入れているらしい。農家さんは安定した供給だけれど、猟師さんからの供給はまちまちだ。まったくないときもあれば、たくさん獲れることもある。
そんな、希にある猟師さんの調子が良くてたくさん獲れすぎるとき。お肉が余りそうになると、リレリアンは友人たちをたくさん呼んでバーベキュー大会を開催するのが常だった。
「いつもなら来ないんだけどな……」
端っこの方でお茶の用意をしながら、わたしは誰にも聞こえないよう呟く。
リレリアンは顔が広くて社交的。誰とでも仲良くなるし、こういうイベントを自ら開催するくらいに積極性がある。
かくいうわたしは人と話すのが苦手で、こういう大人数だと全然喋れないし楽しそうにしている輪の中に入れない。こうしてみんなが集まっているのを見ながら隅の方で雑用してる感じで、あとで楽しそうにしてなくて気を遣わせたり不快な気分にさせたりしなかったかと自己嫌悪に陥ってしまう。
だから、こういう集まりはなるべく来ない。来てしまってごめんなさい、ってなってしまうから。
とはいえ今回はどうしても来てほしいとお願いされてしまった。
彼女が新しい友達を呼びたいということだったのだけど、その新しい友達というのが、最近わたしの家の近隣に引っ越して来た人たちだったりから。
「ああん? おい待てビックス、お前なにそんなの取ってるんだ? それほとんど生だろうが。戻せ」
「おや、マルク君は知らないのかい? 牛はかなりレアでも食べられるんだよ。最近メリアに勧められて読んだ雑誌に書いてあってね、ぜひ試したいんだよね」
「知ってますー。そんなの記事になる前からの常識ですー。いいか、自分は王都バーベキュー愛好協会員にして前回のピットマスターズ大会準優勝者だ。すべての肉を最高に美味くする焼き方を知っている。その肉の部位を一番美味く食べる焼き方はウェルダンだから、戻せ」
「あはは、まったく知らない協会と大会けれど面白そうでいいじゃないか。思わぬ圧にちょっとビビっちゃったよ。――でも、もちろん答えはノーだ。好奇心は圧制に屈してはいけないからね!」
マルクさんとビックスはあれで意外と仲がいいのかな。メリアの件で険悪になったりしないかと心配してたけれど、というか一見は険悪にバチバチやってるけれど、お互いに避けたりしてはいない。なんだか喧嘩仲間って感じ。
……たぶんだけど、あれはビックスがマルクさんのことを気に入ってるんだと思う。社交的に見えて、実は男の友達が少ないから仲良くしたいんじゃないかな。煽りにしかなってないけど。
「いやー、実はお店やりたいんデスよね。南のペンドラ王国にコネがあって輸入品を扱えそうだから、お店にできそうな物件を探してピペルパン通りに辿り着いたんデスよ。改装したり商品揃えたりでまだ準備中デスけど、開店したらぜひリレリアンさんたちも来て下さいね」
「ええー、ペンドラってこの間まで戦争してた国じゃない? 大丈夫なの?」
「終戦して時間もたって落ち着いて来たデスからね。実はここだけの話、ペンドラ王国には美人が多いんデスよ。というのもあっちにはすごい美容にいい化粧品があって……」
ミクリさんはリレリアンや街の女の子たちと盛り上がっている。
彼女が軍人なのはもう分かってるのだけれど、それはそれとしてあの人はお店を開きかねないな……。
というか、頼まれて来たけどわたし必要だった? わたしの方が馴染めてないのだけれど。
たくさんのコップにお茶を注ぎ、トレイに乗せていく。お仕事があるのはいい。なにかをやっていれば話さなくてもいいから。
「アネッタ殿、食べているか?」
「ひゃっ!」
背後から声をかけられて、思わず跳び上がってしまった。
バランスが崩れる。トレイが傾く。コップが落ちる。
「おっと」
間一髪で肩とトレイを支えられた。倒れかけたコップがピタリと静止した。まるで身体が杭を打たれたかのように動かない。
「すまん、驚かせてしまったか。大丈夫か?」
「い、いえ、大丈夫です」
慌てて首を横に振る。
ぜんぜん大きな声とかじゃなくて、普通に話しかけられただけだったけれど、みんな盛り上がってるからここは誰もこないと油断してた。
「アネッタ殿は飲み物を用意したりゴミを片付けたり、ずっと雑用ばかりやっているだろう? リレリアン殿の友人だからそういう仕事を請け負っているのかもしれないが、ちゃんと食べているか心配になってな」
「ああ、見られてましたか。わたしは小食なだけで、十分食べていますので大丈夫ですよ」
これは本当。普段から買いだめした食糧をちょっとずつ食べて、あんまり外に出なくていいようにって生活をしてるから、食は細い。だからお腹は空いていない。
「そうか。だがせっかく珍しい肉も揃ってるのだし、いろいろ食べ比べるのもいいと思うぞ。ちょうど今マルクがアナグマを焼いているが、アナグマはジビエの中でも最高級に美味な肉だそうだ」
ロアさんは食べ比べても味の違いが分かるか怪しい気がするけれど、そう言われると少し気になる。
「そうですね。ではお茶を配るついでにちょっともらって――」
「あっれー? ロアじゃないか。驚きだな、なんで君がこんなとこいるんだ?」
言葉は、途中の闖入者の声に遮られた。――わたしはその声よりも、見開かれたロアさんの目に驚いてしまう。
険のある目。嫌悪の感情。この人のこんな顔は初めて見る。
「まいっか。久しぶりだな、ロア! 軍やめたって聞いたから心配してたんだよ。元気そうでなによりだ!」
明るくて快活な声。社交的な、屈託のない笑顔。
ブンブンと子供のように手を振りながらやって来たその青年は、輝くような金髪の美男子だった。
「お、ソーロンさん! 遅いよ、もう始めちゃってるからね!」
「いやぁゴメンゴメン。ちょっと寝坊しちゃってさ」
リレリアンが闖入者に気づいて、こっちへ向かってくる。ヘラヘラと笑いながら言い訳するソーロン青年は、どうやら彼女に呼ばれて来たらしい。
ロアさんの知り合いっていうことは、軍の関係者なのだろうか。本当に誰とでも仲良くなるな、彼女――
「みんな聞いて聞いて! そして驚いて! 今日のゲストで、あたしが最近知り合ったソーロンさん! そしてなんと、このお方は名字はエルドブリンクス。つまり王族なんだ。この国の、本物の第二王子様だよ!」
「イエーイ! 国民のみんなー、楽しんでるかー?」
――本当に、誰と仲良くなってるの?