前日
「会うのは日中ですから、ドレスはこの薄青や白のような、明るく爽やかな色が良いでしょう。涼やかさは大事ですがパーティではないのですから、背中の開いたものではなくフォーマルで肌の露出が少ないものでないといけません。髪型は……ああ、ああぁ、まとめて上げるか、それとも流すか……どうしたらいいのでしょう。耳飾りには最新のカットを施したダイヤモンドを絶対に付けていくべきですから、それが目立つように? でしたら髪留めはお嬢様の美しいシルバーブロンドの髪を映えささせるものでなければ……」
ルイスがパタパタと衣装室を行ったり来たり。明日に迫ったお食事会に向けてのコーディネートを考えてくれているのだけれど、わたくしより落ち着かない様子だった。
彼女は物静かで落ち着いたイメージだと言われるけれど、わたくしと二人でいるときだけ口数が多くなる。執事としてのイメージに沿って振る舞っているらしいのだけれど、わたくしは今のルイスも好きだった。
本来なら、衣装選びは彼女の仕事ではない。でも今のこの屋敷でわたくしにここまで尽くしてくれる使用人は、もう彼女くらいしかいない。
でもそれを嘆く気にはならない。失敗しても変わらず側にいてくれる人がいるだけできっと、恵まれすぎているのだろうから。
「ルイス。あまり特別なことは必要ありません。今回はお見合いではありませんから」
「そんなことを言っていてはいけません! 名誉挽回の機会なのですから、少しでも隙を見せては侮られます!」
最初にロア・エルドブリンクス王子と会ったときはお見合いだった。
あのときは戦場で慣らした威圧に負けて、わたくしはあっさりと失神してしまった。挨拶すらできなかったほどで、そのおかげで屋敷のみんなに見放されてしまってしまったり、激怒したお爺さまに精神病棟へと入れられてしまったりと散々で、ずいぶん落ち込んだものだ。
そんな失態を見せたわたくしを、ホムルス家が簡単に信用してくれるはずはない。だから今回はもし失敗しても大事にならないよう、王族と貴族のお見合いではなく非公式のただの食事会であり、関わるのは最低限の人数のみという配慮がされている。
そう、今回はあくまでも、わたくしが本当にロア・エルドブリンクス王子の威圧に耐えられるかどうかを試すだけのもの。婚約なんてそれが確認できなければ話もできない。
「よいですかカレン様、ロア様は上位の王位継承権も持つ御方です。もしロア様と婚姻されることになったなら、カレン様は王妃になるかもしれないのですよ。その覚悟を持って挑まなければ……」
「またその話ですか。……王位継承権上位といっても、第四位なのでしょう? 上に三人もいるのですから、ロア様が王様になることはありませんよ」
「いいえ、いいえ。ハルロンド様は王位に執着無く、ソーロン様を支持するのは歴史の浅い家や平民上がりの議員ばかり。セレスディア様に至っては研究以外に興味がないと言うではないですか。英雄たるロア様であれば十分王位が狙えます。実際、軍部のほとんどはロア様を支持しているのですから!」
それは前のお見合いのときにお爺さまからも聞いたお話だった。ロア・エルドブリンクス王子は自ら前線に立ち、その身を盾にして王国を守った英雄。まさしく王の器であるのだと。
けれど彼が王になる未来はきっと、ありえない。
そしてわたくしは、王妃になることに興味なんかなかった。
「ホムルス公爵家はハルロンド様派ですよ、ルイス」
「それは表向きです。ホムルス家のような大貴族が無闇なことをすれば無用な混乱を招きかねませんから、基本的には継承権第一位ハルロンド様をお支えしますとも。ですが有事となれば、ホムルス家をはじめとする武の御家はすべて、ロア様の支持を表明するでしょう」
「有事を期待するのは武家の本質を見誤っていますね」
ぐ、とルイスが言葉に詰まる。
武は国家存続の要。力は平和を維持するためにこそあり、だからこそ厳格でなければならない。武の大家たるホムルス公爵家の存在意義はそこにある。
有事を望むのならば、それは蛮族となんら変わりないのだ。
「き、期待ではありません! どんな未来も想定し備えるべきだと言っているのです」
「ええ。それはその通りです」
期待していようがしていまいが有事は起こるときは起こるものだ。そしてそのとき、ロア・エルドブリンクスを王にという声は必ず挙がるに違いない。
それをあり得ないことだとして思考しないのは、怠慢なのだろう。
だけど。
「でも、それは今回は置いておきましょう」
こんなことを言ったらきっと、お爺さまにも怒られてしまうけれど。
「カレン様――」
「楽しみなのですよ、わたくしは」
窓の外を眺める。病院の格子のはまったそれとは違う、子供の頃から見慣れた風景。
でも、トルティナさんと一緒に眺めた病院からの景色の記憶がどうしてか浮かんできて、それに比べればこの光景は褪せるようで。
ホムルス家の人間として汚名を返上するのは重要だ。けれど、今のわたくしはそれだけではない。……いいえ、前のわたくしもそうではなかった。
トルティナさんとルイスのおかげで思い出せたのだろう。わたくしは以前も、あの御方とお会いできることに胸を高鳴らせていたのだ。
「王族であるのに軍に所属し、英雄と呼ばれるまでに功績を立てたロア・エルドブリンクス王子。その噂は何度も耳にし、ずっと憧れてきました。以前はすぐに倒れてしまい叶いませんでしたが……今度こそお話してみたいのです」