作戦参謀グレスリーの見解
それはまあ、よくある話だった。
王族と貴族の政略結婚。どの時代でもどの場所でも繰り返される聞き飽きたような物語。
まあ王子と言っても継承権第四位となると、いまいちインパクトに欠けるから詩や劇、小説にはならないが。
ホムルスは公爵家だ。その当主のことは物心ついたころから知っているし、軍に所属してからもよくしてもらっていた。
そう、思えば現ロア隊の部下たちを集めてくれたのも元帥だった。当時はもっとマシな人選はできなかったのかと思ったものだが、私の威圧に抵抗できる強固な精神を持った者たちをかき集めればああなるのは必然なので、むしろ上官として尽力してくれた結果なのだろうことはちゃんと理解できた。
そして、その縁で孫娘との見合いをしたことがあった。兄も姉もまだなのにと気乗りはしなかったが、そもそもいい歳のくせに誰も結婚していないのが異常なのだと言われればその通りなので断れなかった。
――結果は、最悪と言えるだろう。
当時はまだ威圧スキルを剥奪していなかったころだ。封印具の用意はしたものの、装飾品として王族が身につけるに足るものはなかなかなく、また見合いで顔を隠すわけにもいかない。
仕方なく最低限だけ揃えて見合いに出向いて、目が合っただけで倒れた見合い相手に途方に暮れて、結局彼女とは一言も話さないまま帰ったのである。
あれは本当に、本当に気まずかった。
そんな事件を経て私は、このままだと普通に生きることすらできないのだなと悟り、グレスリーに紹介されたスキル剥奪屋の扉を叩くのだが……それはともかくとして。
「グレスリー」
『なんでしょう?』
思い出したくない思い出が浮かんできたせいで少し無言になってしまったが、電話口の向こう側の作戦参謀は切らずに待っていたようだった。
椅子の背もたれに体重を預け、窓の外へと視線を送る。あの車が去ったあと、隣家に動きはない。
「アネッタ殿のところにカレン・ホムルス嬢が来た、という報告はミクリから受けているな?」
「ええ。以前問題になったトルティナという女性と共に現れたとか。同じ中央区の大病院に入院していたはずですから、精神病棟で知り合い、スキル剥奪屋の話をしたのでしょう。殿下の威圧に対抗する精神強化のスキル輝石を購入したか、あるいは不要なスキルを剥奪して新たに育てたか。報告から時間がありましたし、後者ですかな?」
すらすら出てくるな。コイツも元帥から話があった時点でだいたい察しているらしい。
「詳しいことは分からんよ。カレン嬢の前に出る気にはならなかったし、アネッタ殿は顧客の話を簡単に漏らすような人物ではない。私は今回の彼女の件はほとんど把握していないさ。……まあ、その推測のどちらかだろうと思うが」
最初にカレン嬢がトルティナ殿と共に来たときは、彼女もなにかハズレスキルでも発現したのだろうか、などと考えた。
けれどトルティナ殿について一応調べた結果、彼女も精神病棟に入っていたと知ったときは驚いた。私の威圧で失神した後、すぐに精神に不調をきたしたらしい。本当に申し訳ないことをした。
そして今、元帥からの申し出によって、彼女がスキル剥奪屋にやって来た目的が判明したのである。
「私は彼女を病院送りにした張本人だ」
『その通りですな。あのときはこの身もさすがに、大貴族であり元帥の孫娘になにをやっているのかと引きましたとも』
「……その彼女がなぜ、私にまた会おうとするのか。普通なら二度と会いたくないと思うだろう? お前の予想は?」
『ホムルス公爵家は武の家系です。その一族が威圧のスキルで一言も話さないまま失神した、というのは醜聞にすらなり得るでしょう。その汚名を雪ぎたい、とは思っているでしょうな』
それは理解できる。
ホムルス公爵家といえば武の大家。建国時の歴史が一つ違えば、エルドブリンクスではなくホムルスが王族になっていてもおかしくない。それほどの名家である。
軍人ではないとはいえ、カレン嬢もホムルス家の血を引いている。家名に泥を塗ったままではいられない、という思考は大いにありうる。
だが、私はそんなことを聞きたいのではない。
『あとはまあ、当然ですが裏の理由として。元帥の差し金という可能性を考えておかなければなりませんな』
前回の見合いの段階では、私は自分のことを過小評価していた。……いや、違うな。より正しくは、自分のことを過大評価している者たちのことに考えが及んでいなかった。
威圧スキルを剥奪したあとの帰り道で、この電話口の相手に指摘されてやっと思い至ったほどだ。
「その可能性はどの程度あると考えている?」
『ほぼ間違いない、くらいでしょうか』
頭痛がしそうだ。
『ホムルス公爵家当主は大貴族であり、王家に次ぐ権力を持ちます。また王国軍の実質上のトップでもあります。そんな方が失敗したとはいえ殿下と自らの孫娘を婚約させようとし、国の混乱を憂慮した退役を引き留め、そして今また孫娘を寄越そうとしている』
それはまあ、よくある話だった。
どの時代でもどの場所でも繰り返される聞き飽きたような物語。
『長兄殿は農学と薬学に傾倒し、次兄殿は遊び呆け、姉君は本の虫。つい最近戦争があったばかりというのに、今の王族で軍事をないがしろにしない者は王様と殿下しかいませんからな』
多くの実例が、創られた作品が、噂や妄言があった。それはたかってくる羽虫のようで、とてもすべてを相手にしていられない。
実際、どうせなにもできやしないと捨て置くくらいでいいのだろう。私がこの立場でなかったらそうしている。
『――きっと、王族であり南部戦線の英雄を王にする算段があるのでしょうとも』
そのときに私と結婚していれば、カレン嬢は晴れて王妃というわけだ。
まったく、馬鹿馬鹿しい。