私が病院送りにしました。
「つまり、ルイスのスキルをわたくしに移し替えることが可能、ということでよろしいのですか?」
翌日、ルイスさんはカレンさんを連れて店にやって来た。
ちゃんと約束通りの時間に来てくれたので、覚悟と体調はなんとか。こういうとき真面目な人は信用できる。
テーブル席に座るカレンさんは、なんだか久しぶりな気がする。もっと早くに再会すると思っていたからだろうか。
「そうですね。昨日確かめましたところ、ルイスさんは心を強くするスキルをお持ちのようでした。――ルイスさん、あれからどうですか? 不調などはありませんでしたか?」
「ええ、何事もありませんでした。剥奪していただいたスキルはこちらに保管しております」
ルイスさんが鞄から小袋を出して開いてみせる。そこには薄い灰色の、透き通ったスキル輝石があった。
「……すでに用意までしているのですか?」
「はい。アネッタさんに昨日のうちに剥奪していただき、このスキルがなくとも支障がないか確かめる時間を設けました」
椅子は空いているのに、紅茶も出したのに、カレンさんの後ろで立って控えているルイスさんが答える。わたしが落ち着かないから座ってくつろいでほしいのだけれど、主人の横は畏れ多いということだろうか。
でも……二人で自動車で来たはずだけれど、道中などで詳しい説明はできただろうに、していないんだ? 伝えているのはルイスさんがスキルを譲渡することだけだろうか。
どうしてそんなことをしたのだろう。
「カレン様から見て、今日のこの私になにか普段と違うところはありましたでしょうか?」
なるほど、それを聞くために。
「いいえ、いいえ。いつもと同じでしたわ。まったく気づきませんでしたもの」
フルフルと首を横に振るカレンさんに、ルイスさんは頷く。
「おそらくですが、この私のスキルはホムルス家に仕え始めたころにできたものだと思います。ホムルス家の皆様は武の家系だけあって厳しい方が多く、最初のころは萎縮していましたから。――ですが、今は大丈夫です。皆様本当はお優しい方々だと知っていますので、このスキルはカレン様にお譲りしても問題はありません」
ルイスさんはスキルを持っているかどうかは分からない、と言っていた。けれど心当たりはあったらしい。
たしかに厳格な貴族に仕えるのであれば、そういうスキルが育っていても不思議じゃないかな。この人が萎縮してるところなんてあんまり想像つかないけれど。
ただ、気がかりはあった。
「ルイスさんのスキルは剥奪してから一日しかたっておりません。支障がないか確かめる期間としては不安が残ります」
この件が上手くいかなくても、わたしは責任はとらなくていい。……そういう約束だったはずだけれど、あれから日数たってるし覚えているかどうか。
そんな口約束なんて簡単に反故にできてしまうだろうから、せめて再度確認した方がいい。相手は貴族なのだし。
「そしてですが……このスキルはおそらく、ランクはあまり高くありません。カレンさんの人格にはそこまで影響は及ぼさないかと思いますが、もしかしたら望むほどの効果は得られない可能性があります」
まあランクの低いスキルだからこそ、失ったルイスさんへの悪影響も薄いと推測できるのだけれど。
「また、以前もお話させていただいたことですが、スキルは譲渡時に変質し別物になることもあります。それらを承知していただいたうえで、そのスキル輝石を使うかどうかお決め下さい。――もちろん、もし使用したあとでなにか問題が出ましたらすぐに剥奪させていただきます」
スキル輝石はわたしの立ち会いの下で使用した方がいい、というのはルイスさんの提案だ。彼女の性質に合わずハズレスキルになってしまった場合はすぐに剥奪するべき。カレンさんの執事はそこまで考えて、この場を設けている。
正直、それだけ慎重な判断ができるならもう少し日を置いてほしかった。自分はそのスキルがなくても大丈夫と確信してからでいいだろうに。
時間がないのか、あるいはこれ以上カレンさんを待たせたくないのか。
「それは……ルイスが困るかもしれないのですよね?」
おや?
「そうですね。スキル剥奪屋としてはまだ、ルイスさんに問題が起こる可能性を捨てきるのは時期尚早だと思います」
「それでしたら……」
カレンさんが俯く。わたしが淹れた、彼女がまだ口を付けていない紅茶を見下ろす。
――スキルが欲しいのは前提。けれど躊躇している。そんな感じ。
以前の彼女は、お金を積み上げてスキルを持っている人を捜してくる、とまで言っていた。
そこには他人への敬意なんて感じられなくて、搾取する側の思考だと思ってしまって、だからわたしは抵抗感を持ったのだけど。
でもいざ身近な人からそれをするとなると、こうして躊躇するというのは……やっぱりあのときは追い詰められていて、そこまで考えが及んでいなかった、ということなのではないか。
わたしはもう、彼女の事情はある程度知っている。トルティナからも、ルイスさんからも聞いたから。
この人はたぶん、わたしが思っていたよりも普通の感性を持ってる人だ。
「カレン様」
ルイスさんの声は、優しくて、真摯で、切実で。
「どうか、お役に立たせてください」
本当にこの人は、いい執事さんだな。
カレンさんは下唇を噛んで泣きそうな顔になって、しばらく無言でいた。葛藤だったのだと思う。
やがて口を開こうとして、また閉じて、彼女は震える手でわたしが淹れた紅茶を一口飲む。――声が出ないほどに喉が乾いていたんだろうな、って察することができた。
「こちらの輝石は、わたしくしの責任で使用します。ええ……剥奪屋さんがご心配していることは、すべて杞憂に決まっていますから」
その声は落ち着いていて。使用人の献身を無碍にできないという、義務感に満ちていて。
ああ、わたしより従者を信じたんですね、ってなんだか羨ましくなってしまった。
そうしてわたしは、やっぱりこの人は貴族なんだなって、ストンと納得したのだ。
電話が鳴る音。
カレン・ホムルスとその従者の自動車が隣家の前から去って、もうかなりの時間がたっている。もうとっくに屋敷には到着しているだろう。……だから、その電話の用件は予想できた。
私は読んでいた資料を机に置く。……カレン・ホムルスの入院生活の記録は、まあトルティナ殿のそれを読んでいれば推測してしまえる内容だった。
つまりは、あの件のあとで精神病棟に入れられていたと。
電話を取る。
「ロアだ」
『グレスリーです。元帥から伝言を頼まれまして連絡しました』
市井に紛れて生活することで、威圧の制御を習熟する。そういう建前で軍から離れた私の所在は、部下たちと軍の限られた上層部しか知らない。……前に姉が直接来たり、
兄の遣いがやって来たりしたが、そういうことになっている。
だからまあ、元帥なら直接連絡もできるはず。なにせ、私が完全に軍を辞められなかった原因のお人なのだし。
それでもグレスリーを介して来たのなら、そして命令ではなく伝言という形なら、非常事態の招集ではないな。
用件は分かった。
『前に殿下が威圧で気絶させたお見合い相手が、もう一度会いたいと言っているそうです。いかがしますか?』
「元帥の頼みなら断れないだろう」