カレンの事情
「……それは、あなたが心を強くするスキルを所持していた場合、それをカレンさんに譲るということですよね?」
ルイスさんに確認する。わざわざわたしに依頼して調べたいのなら、そういうことだろう。
「そのとおりです」
この人はわざわざ専門書まで読んで調べてきた。スキルを移し替えるリスクは理解している。
それでも自分のスキルを譲渡する気なのか。
「どうしてそこまでするのですか?」
ルイスさんはホムルス家の執事だと言っていた。だからカレンさんに尽くすのは当然だ。
けれど、たとえば従者が主人のために財産を差し出すというのはそうとう珍しい例だろう。使われる者だって自分の人生があって、対価をもらって仕事をしているのだから当然だ。
人生の財産たるスキルまで譲る理由はない。
「さきほど、心を強くするスキルの譲渡者をどうどうと募るのは、武の家系たるホムルス家の面目が立たないと申し上げましたね?」
「お聞きしました」
「ですがそもそも、カレン様がそのスキルを欲しているのは、ホムルス家の面目を潰してしまったことに起因するのです」
……ここまで来れば、さすがにわたしでも分かる。確信する。おそらくホムルス家は貴族だ。それも、けっこう爵位が高くてもおかしくない家だろう。
正直、わたしは貴族についてあんまり知らない。というか世情についてよく知らない。王侯貴族の噂話に花を咲かさせるような趣味はないし、新聞とかも読んでないから本当に知識がない。
ピペルパン通りの近くにお城があったころを知ってるお年寄りたちなら、ロイヤルマニア顔負けに詳しかったりするんだけれど。でもわたしくらいの歳だと生まれたときにはもう王族の住まいは中央区の王宮だから、あんまり身近に感じないって人の方が多いと思う。
だからわたしの王侯貴族の知識は、王様の名前くらいは言えるってくらいでしかなかった。あと庶民に別格の人気があるセレスディア様。
ホムルス家に聞き覚えはない。もしかしたらけっこう有名な爵位の高いお家なのかもしれない。
知らないことが失礼に当たるかもだから聞けないけれど。
「カレン様はホムルス家の……いいえ、この国の未来を左右するといっても過言ではない場で、心の弱さが原因の失敗をしてしまったのです。そして、当主様の怒りを買って病院へ入院させられました」
この国の未来って……。さすが貴族。まるで別世界のお話だ。全然ピンと来ない。
というか当主様を怒らせて入院させられたって、そうとうやらかしたのでは?
――いったいどういう失敗したのだろうか。
聞いてみたくもあり、聞きたくない気もする。本当に本当に取り返しのつかないような、王国に大損害を与えるような、伝統ある高貴な家を傾かせるような、ものすごいことをやってしまった可能性が出てきた。そんなの聞いてしまったら耐えられなくって吐いちゃう。
というかルイスさんが詳しく言わず濁してる時点で、あんまり言いたくないのは明白だ。主人の恥になるからだろう。ここは深掘りしない方が無難。
「カレン様の現状は、心を病み、ホムルス家からの助けもない状態です。今は落ち着いていますが、一時期は本当に酷く……同じく心の病で入院されていたトルティナ様というご友人ができるまで、あの方はずっと塞ぎこんでおられました」
武の家系の人なのに心が弱く、それのせいでもの凄く重要な場面で失敗して家の面目を潰してしまった。それで当主様を怒らせてしまった。
わたしがカレンさんの立場なら、と考えたらゾッとする話だ。ホムルス家に生まれなくて良かったと本気で思う。
そんなカレンさんとトルティナは、もしかしたらお互いに近しいものを感じたのかもしれない。
種類は違うけれど、失敗して絶望した者同士だから……本当に支え合って、入院生活を二人で乗り越えたのだろう。
「そして、そんなカレン様にこの自分は、もっともお側にいながらなにもできなかった」
……そうか。
カレンさんが精神病棟にいるときも、ルイスさんはずっと彼女の隣にいたらしい。
その時期を彼女は知っていて、無力感に苛まれていた。
「ですので、もしカレン様のためにできることがあるのならば、なんでもしたいのです。なにか、役立ちたいのです」
いい執事さんだな、ルイスさん。
「そうですね……ルイスさんのスキルを調べることでしたら、できると思います」
気づけばわたしはそう言っていた。彼女の真摯さに頷かされたのだと思う。
立ち上がる。五指を揃えてソファの方へ、ルイスさんを促す。
「ソファの方へどうぞ。ルイスさんに心を強くするスキルがあるかどうか、それがカレンさんの欲しいものなのか、お調べしましょう」
「ありがとうございます」
ホッとした表情で、ルイスさんはソファへと移動する。
ルイスさんが座るのを確認してから、わたしも対面のソファに座る。
――うん、わたしかなり限界ギリギリだな。ルイスさんがテーブルからソファへ移動するほんの少しの時間でクラッときた。精神的にも体力的にも厳しい。
なんとか平気な顔をして、いつもの水晶球を用意する。マッチを擦ってお香を焚いた。
「わたしのスキルは接触が必要ですので、手を。――確認しておきます。カレンさんの欲している心を強くするスキルは、どういったものになりますか?」
握手を求めながら、聞く。
最初は嫌な依頼だと思った。お金にあかせて他人のスキルを買い上げるような、そんなカレンさんに協力することに抵抗があった。やりたくないと本気で思った。
けれど今のわたしは、ルイスさんにそのスキルがあればいいと思っている。カレンさんにも事情があるって知ったから。
「恐怖に打ち克てるようなスキルを」
ルイスさんがわたしの手を取る。
スキルを発動する。