難航する人捜し
「実は、心を強くするスキルの譲渡者を探すのが難航しています」
ルイスさんの話はその報告から切り出された。
彼女はなんというか、凜とした雰囲気だ。椅子に座って背を伸ばしているだけで様になる人だけれど、トルティナの人形のような可愛らしさやカレンさんのにじみ出る育ちの良さとは違って、刃物のような鋭さがある感じ。
さっきは執事と言っていたけれど、もしかしたら護衛も兼ねているのかもしれない。
「珍しいスキルだとは思いませんし、そこまで時間がかからず見付かるものだと思っていましたが……。詳しく教えていただいてもいいですか?」
テーブルを挟んで、対面に座って話を聞く。
またお茶の用意を忘れてしまって吐きそうだけれど、もう絶対明日からはなにもなくてもお湯の準備だけはするけれど、今はそんなことは顔に出さない。
「たしかに珍しくはないのでしょう。生きていれば心は勝手に成長していくもので、心を強くするスキルは多くの場合が習得スキルですから」
ふぐ、と呻きそうになった。言葉が胸に刺さる。
そっかぁ、普通は生きていれば勝手に成長するんだ、心って。しない人もいるんですよ。
「ですので持っている人は見付かります。……ですが心を強くするスキルと一口に言っても種類があるのです。それがカレン様が望む効果でなければ意味がありません」
心を強くするスキルの種類。つまり、心の強さの種類か。たしかにありそうだ。
たとえばビックスのような好きな子に告白するための心の強さと、グレスリーさんのような冷血のスキルとではまったく性質が異なる。前者は自分から動く決断をするスキルで、後者は平静を保つスキル、みたいな。少なくとも動と静の強さの二種類はある。
わたしだったら、動のスキルより静のスキルが欲しい。何事にも動じないスキルがあればもっと生きやすいだろうし。
「そして心に作用するスキルですから、あまり強力すぎるものも考え物です。……今回の件に当たっていくつか専門書を手に取り勉強してみたのですが、アネッタさんはスキル封印具を付けた者が豹変してしまう例をご存じでしょうか?」
あ、偉いこの人。主人のためにわざわざ難しい本を読んで調べたんだ。
さすが本物の執事さん。ルイスさんはかなり真面目で勤勉な人なのだろう。
「この稼業ですので封印具については知っています。わたしの店でもスキルの剥奪によって人柄がかなり変わった人はいましたので、そういう例があることも想像に難くありません。……そうですね。ルイスさんが懸念されているとおり、スキルの譲渡によって人格が変化することはあり得るでしょう」
つまり、冷血スキルみたいになる、というのも考慮済みなのだろう。グレスリーさんは剥奪前と後では別人みたいだったから、そういうのは困ると。
「やはり前例はあるのですね。スキル学の権威セレスディア・エルドブリンクス王女の書物でも、過去の戦争で捕虜に封印具を施したときの記録から、スキルが人格に影響する可能性が指摘されていました」
そんなの書いてたなら自分の天啓を剥奪したときのこと予測してくれません?
「カレン様の心を補強する程度のものであるなら、有用なスキルと言えるでしょう。ですがまるで別人のようになってしまうほどのランクがあるもの、あるいは悪影響がありそうなものは、執事として認めるわけにはいきません」
彼女の言うことはもっともだ。スキルを得て別人のようになってしまったカレンさんを、ルイスさんをはじめとする周りの人はきっと良く思わない。
でもちょうどいいのを探す、って難しいのではないか。だってどれだけスキルに影響を受けているかって、その人自身だって分からない場合がほとんどだろう。
そういったことを考え始めると、選択肢はグッと狭まる。
「さらに言えば、そもそも自分が心を強くするスキルを持っているかどうか分からない、という方が多いのも問題です」
あ、そうか。
わたしは剥奪するとき相手の精神世界に入るから、その人がどんなスキルを持っているか分かる。
けれど普通の人はそんなの分かるはずがない。あまり能動的に使うものでもないだろうし、心を強くするスキルを自覚している人ってかなり珍しいのかも。
「最後に、これはカレン様の生家の事情なのですが……ホムルス家は武によって王国に尽くした家系でして。なので今回の件は事情があるとはいえ、心を強くするスキルを譲ってほしいと直接的にお願いをしながら人探しするのは、さすがに家の面目が立たないのです。なのでスキル所持者捜しはどうしても迂遠な方策をとらなければなりません」
それは……時間がかかるだろう。
お金持ちなのは明白だから、人を使ってすぐにスキルの譲渡者を見つけると思っていたけれど、そこまで簡単な話ではなかったらしい。
だから今日までカレンさんはやってきていないのか。
「いろいろと問題があって、スキルの譲渡者が見付かっていないのは分かりました」
どうやらカレンさんはまだこの店には来ないらしい。……それが朗報なのかどうなのか、分からなかった。
一昨日のわたしなら、このまま見付からなければいい、と考えたのだろう。ご自分でそういうスキルをとれるよう訓練した方が早いかもしれませんよ、だなんて言っていたかもしれない。
けれどトルティナに精神病棟の話を聞いた今では、そんなことを軽々しく言うことはできなかった。
「それで、わたしに相談とはどういったものでしょう?」
本題に入る。
ルイスさんは人差し指でシルバーフレームの眼鏡の位置を直してから、口を開いた。
「あなたのスキル剥奪のスキルは、相手が失いたいと思うスキルを、選んで取り出すことができるという理解でいいですね?」
「その認識で問題はありません」
「選んで取り出すということは、どの程度の精度かは分かりませんが……あなたは相手の持つスキルを鑑定、あるいは選別することができる、ということで相違はありませんか?」
「そうですね。正確にすべて把握できるというものではなく、あくまでなんとなくの域ですが、できます」
確認に、頷く。
精神世界に入れば相手がどんなスキルを持っているか、だいたい分かる。というか、それができなければ剥奪屋なんてできない。相手にとって必要なスキルを間違えて剥奪してはならないからだ。
「では、私自身が所持しているかどうかは分からないのですが……私に心を強くするスキルがあるかどうか、調べることはできますか?」