表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンに来たる恋の乙女
134/161

ロアの失敗

「失礼、少し体調が悪くて……寝不足で」


 体調と言った後で、寝不足を付け足した。うつる病気と思われたら、ロアさんが帰ってしまうかもしれない。それは嫌。

 縋るように、今は誰かと話したい。……ああでも、この人はたぶん小説の話をしに来ただけだから、こちらが不調だったら無理はしないようにと言って帰ってしまうのではないか。


「そうか……大丈夫か? なにか私にできることがあればするが?」


 ああそうだ。この人は不調な相手を放っておくような性格ではない。

 帰るのではと心配してしまったことがまるで裏切りのようで、気分はまた落ち込んで。


「いえ。不眠症になることはたまにあるので、慣れていますから」


 嘘ではない。人と会って後悔して一人反省会するときはいつもそう。今日はそれが酷かっただけ。

 実際、今日のわたしはあまり眠れていなかった。眠気はないけれど。


「体調が悪いなら店を閉めて寝ておいてもいいと思うが」

「ただの寝不足でそんなことはできませんよ。ですが、少し話し相手になっていただけたら助かります。営業時間中に居眠りするわけにはいきませんし、眠気を覚ましたいので」

「……分かった。ではお邪魔させてもらおう」


 ロアさんを迎え入れる。テーブル席へ。……ああ、しまった。


「すみません。今日はお湯を用意するのを忘れていました。すぐに沸かしますので、お茶はしばらくお待ちいただけ……」

「いや、なくて大丈夫だ。急に押しかけたのは私なのだしな。それより体調が悪いのだろう? 君も座るといい」


 失敗したな。いつもなら用意しているのに。

 ロアさんに言われるまま、椅子に座る。


「少し顔を見せてもらえるか?」


 そう言われて、ロアさんの方を向く。いったいどうしたのだろう。べつに顔を隠すような仕草はしていないはずだけれど。

 ふむ……と、マジマジとこちらを見る彼は、まるで医者のようだ。


「目立った症状があるわけではなさそうだ。まあ、ただの寝不足だろうな」

「医療の知識まであるんですか?」

「軍人にとって応急処置の技術は必須だから、多少はな。肌や唇の色、瞳の異常の有無、呼吸の様子を診れば、酷い状態かどうかくらいは把握できる。――スキルによる干渉の見定めなども可能だぞ。戦場では役立つ」


 ああ、軍隊式かぁ。でも実践で役立ちそうな気はする。


「とはいえ専門の医療従事者には劣る。もしツラいようなら病院に行くのを勧めるが」


 そう言いつつも、少し安心した表情をするロアさん。

 以前、威圧スキルを剥奪したときに、この人は三日くらい眠らなくても平気なスキルを有しているのを見た。戦争中は満足に眠れない日も多かったのだと思う。

 寝不足での体調不良なんて、この人にとっては大したことではないのだろう。


 まあ……実際に大したことではないか。この不調はそもそも、わたしの精神が弱いだけだし。

 きっと普通の人なら、こんなに気にしたりしないと思うし。


「心配してくれてありがとうございます。大丈夫です。本当に大げさに騒ぐことではありませんから」

「それならいいが、あまり無理は……」

「雨は強くなかったですか?」


 わたしは大丈夫。だから心配しないでほしくって、少し被せるように無難な天気の話題を振る。

 営業用の仮面を被ったときは自動的に出てくる内容。ロアさんの言葉を遮ってしまったのは申し訳ないしまた後悔と反省をするだろうけれど、今は自分の話題から逃げたかった。


「……この短い距離で傘をさしたよ。玄関の横に置かせてもらったがよかったか?」

「ええ、大丈夫ですよ。それで、今日はどうなさったんですか?」

「ああ、貸してもらった小説を読み終わったから来たのだが……」


 そうだ、小説を貸していたんだ。つい昨日お客さんが来るなら彼だと考えていたのに、なんにも考えないようにしてやり過ごしていたから、すっかり忘れてしまっていた。

 読み終わったんだ。前に貸したものより厚かったはずだけれど。


「しかし、あれはまだ貸しておいてくれないか?」

「どうしてですか?」

「なかなか解釈が難しい場所があったが、面白かったからな。もう一度じっくり読み返したいのだが、借りてから少し時間もたってしまったので、今日は貸し出しの延長を頼みに来たのだ」


 もしかして図書館と同じシステムだと思ってる?


「そういうことでしたら、なんの問題もありませんよ。わたしはすでに読んだ本なので、返していただくのはいつでもいいです」


 何度も読みたくなる本、というのは貴重だ。わたしはロアさんにとってのそういう本を薦められたのだろうか。それは嬉しい。

 まあこの人のことだから、本当に分からないことがあってそれを理解したいだけかもしれないけれど。

 一応聞いておくか。


「それで、解釈が難しいところとはどういうシーンでしたか?」

「ああ、今回は雪中登山で遭難して山小屋に閉じ込められる男女六人の話だったがな。たしかに軍の訓練でもないのに雪山を登る物好きがいるのは知っているが、彼らは明らかに素人だろう? しかも生死のかかった極限状態なのに誰が誰を好きだの、恋に破れて自殺を選ぼうとしたりだの、さすがに登場人物たちはなにも考えてなさすぎではないかと――」

「それはまあ、たしかに。ですがあれは追い詰められた人たちが、どんなふうになるのかを書く作品なので……」






 一目見て、その憔悴した様子に絶句しそうになった。

 顔は青ざめて、充血気味の目の下に隈があって、立ち姿が弱々しくて、触れただけで折れそうな気がした。

 気丈に店を営業しようとしているが、なにかあったのは明白だ。


 おそらく昨日来たトルティナ殿が関わっているのだろう。カレン・ホムルスの件も関係あるのかもしれない。

 とりあえず、呪いの有無は確認した。なにもされていない。

 だとしたら精神的なものか。トルティナ殿は精神病棟を出てまだ間もないはずだから、退院したとはいえまだ心が安定していないかもしれない。心ないことを言われても無理はないが……。


 けれど彼女はすぐに天気の話を挟み、こちらの用件へと話題を変えた。

 詮索を避けられているようで、それから一切トルティナ殿の話もカレン・ホムルスの話も出てこなくて。


 昨日のミクリの進言を思い出す。

 どうやら私は間違っていた。甘く考えていたのだろう。

 様子を見に来るなら、昨日トルティナ殿が帰ってすぐにするべきだった。せめて今朝すぐに来るべきだったのだろう。借りた本を一度読み終わってから様子を見に行こう、なんて悠長なことをするべきではなかった。


 トルティナ殿が弱いスキルしか持っていないからと言って、油断するべきではなかったのだ。

 スキルなど使わなくても、傷をつけることはできるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お詫びと本のお礼を兼ねて干し肉汁を振る舞ってはいかがだろうか 柔らかく煮込まれた干し肉とシンプルな塩気が弱った胃腸に優しく染みるかもしれない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ