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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンに来たる恋の乙女
131/161

精神病棟

 心を強くするスキル……つまり精神強化系スキルというものは、けっこう持っている人が多い。わたしがお客さんの精神世界に入って、剥奪するスキルを探しているときにもよく見る。

 だからカレンさんはすぐにスキルをお金で売ってくれる人を見つけて、また来るものだと思っていたのだ。


 ――けれど三日たっても、なんの音沙汰もなかった。


 いやまあ、明確にいつ来る、だなんて約束はしていないのだし、お金持ちさんの生活がどんなのか想像つかないけど忙しいのかもだけれど。わたしが勝手にすぐ来るって思ってるだけなんだけど。

 でもなんか拍子抜け。

 そして同時に、嫌だけれど、早く来てもらって解放されたい気分もあったり。


「はぁ……」


 ノロノロとした動きで応接間の掃除をしながら、ため息が出てしまう。いつもやってることなのに、心が重いせいで布巾も重い気がした。

 こういうときは大好きな小説を読む気にもならないものだ。ふとしたときに嫌な気分を思い出してしまったら、せっかくの物語が楽しめなくなってしまうから。

 だから掃除を始めたのだけれど、憂鬱なことばかり考えてしまって手が進まない。……本当ならロアさんは今回貸した本を読んでくれているだろうか、とか別の事を考えた方がいいのだろう。楽しんでくれているだろうか、どんな感想を話してくれるのだろうか、とか。そんなに簡単に切り替えできるほど器用じゃないから、ため息を吐いているのだけれど。


 コンコン、とノックの音がした。


 うっ、と息が詰まる。ついにカレンさんが来たのだろうか。

 深呼吸を一つした。布巾をしまう。


「はーい」


 営業用の声を出す。心に仮面を被る。

 もしカレンさんが心を強くするスキルを売ってくれる人を連れてきたのなら、どうしようか。


 わたしとしては嫌。本当に感情的なものだけれど、嫌なものは嫌。

 でもお店として、スキル剥奪屋さんとしては、基本的にはお客さんの望み通りにするのがいいのだろう。

 ただしもちろん、双方の心身に危険がありそうなら断るべきで……でも、それをでっち上げるような形で断るのも違う気がして。


 頭の中で思考がグルグル回る。三日間あったけど、今までずっと同じところを迷走したままだ。

 一番いいのは、剥奪したスキルがカレンさんに合わないことだろうか。別の変なスキルになってしまって、剥奪しなおして元の持ち主に返す形。

 でもそんなのやってみなければ分からないし、わたしがスキルを剥奪するのには変わりないから抵抗があって。


 思考がまとまらないままドアノブを回す。扉を開ける。


「こんにちはなのです」


 そう頭を下げて挨拶したのは、黒いワンピース姿の少女だった。


「こんにちは、トルティナさん。……一人ですか?」

「はい、今日はカレンさんはいません」


 ちょっとだけ安心してしまった。

 そういえば車のエンジン音が聞こえなかった気がする。けっこう大きい音だったし、この辺りは静かだからあの車が来たら響くだろう。

 ということは、トルティナは乗り合い馬車でやって来たのだろうか。なんで?


「今日は、カレンさんのことでお話があって来ました」


 なるほど。……それでなんでトルティナが一人で来るのかよく分からないけれど、なるほど。


「どうぞ中へ。お茶を淹れますので、座ってお待ち下さい」


 とりあえず立ち話もなんだから、スキル剥奪用のソファではなくテーブル席へ。一旦奥へ引っ込んで、お茶を淹れる。

 さて……お話がある、か。いったいなんだろうか。

 トルティナのお人形さんみたいな服装はこの辺りだと珍しいから、たぶん中央区の人だろうと思っている。わざわざ乗り合い馬車で西区にやって来るのであれば、重要な話なのだろう。


「お待たせしました」


 お茶を淹れたティーカップを持って、トルティナの待つテーブル席へと戻る。彼女の前にカップを置く。


「ありがとうございます、なのです」


 ……相変わらず目を合わせてくれない。背を伸ばして行儀良く座っているけれど、瞼を伏せて俯いている。

 人と目を合わせて話すのは苦手だけれど、嫌がられている感じなのは悲しい。

 たぶんトルティナはカレンさんのために必要だからここに来ているのであって、わたしとはあまり会いたくないんだろう。元々友人とかじゃないのだけれど、気まずい。


「それで、カレンさんについてのお話というのは、どういうものなのでしょうか?」


 気まずくって、対面に座ってすぐ本題に入る。

 黒い服の少女は伏せていた瞼を開く。深みのある色合いの瞳がティーカップのお茶を見つめる。


「カレンさんとは中央区の大病院の、精神病棟で知り合ったのです」


 声は鈴のようで。

 言葉は鉛のようで。


「以前アネッタさんにお世話になった件……スキル暴走、及び自傷的なスキル行使ですが、そのときは体調よりも精神に負担が大きかったので、トルティナはそこに入院しました。……精神病棟と言えば聞こえはいいですが、ほとんど隔離施設です。自由に外出はできず、食事のときのカトラリーはスプーンのみ、みたいな場所ですね。フォークやナイフは自殺防止のために使わせてもらえません」

「それは……」

「幸運なことにトルティナは、スキル暴走が外的要因だったこともあり、一時的な錯乱だったということで早々に出てこられたのですが」


 なんと言ったらいいのか。

 わたしは彼女が療養していることと、快方に向かっていることだけしか知らなかった。


「カレンさんもそこに入院していました」


 どうやら入院患者同士が知り合ったという、わたしの予想は当たっていたようだ。

 けれど、シチュエーションは間違っていたかもしれない。


「アネッタさんは、心を強くするスキルを他人から剥奪して渡すというカレンさんの提案に、あまり乗り気ではありませんでしたね?」


 それは、たしかに乗り気ではない。嫌だし、カレンさんにもオススメはしないと言ったはず。


「ですがそれでも、アネッタさんに改めてトルティナからもお願いしたいのです。……カレンさんにはきっと、心を強くするスキルが必要だと思うのです」


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― 新着の感想 ―
好んでスキルを封印する人々もいるので、ミクリさんに心が強そうなあの人を紹介してもらうのがいいかもですね ただ剥奪したスキルが二度と戻せなくなるのは、どうしても吐きそうです スキルの性質が戻せることなの…
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