情勢
剥奪スキル。封印ではなく、取り出すスキル。
そんなものは聞いたことすらない。文句なしに最高ランクが順当だろう。
「封印の進化という可能性もありますが、特殊すぎますからな。天恵か覚醒でしょう。生まれつきのものでしたらすでに話題になっているでしょうし、まだ開業して数ヶ月とのことですので最近発現した覚醒でしょうな」
「剥奪したスキルは他者へ移せるし、剥奪された者は一時的に新スキル習得がしやすくなるらしい」
「最強の兵が簡単に造れますな。適当な囚人から強力なスキルを徴収しても良いですし、部隊で効率的なスキル習得訓練を組んでもいい」
ムラはありそうだが、不要なスキルを剥奪して有用なスキルを習得という流れを繰り返すだけでも強くはなれるだろう。強力なスキルを一人に集中するだけで化け物だって作れる。
ハズレスキルの除去など剥奪のほんの一面でしかない。なんなのだあのスキルは。
「取り込みましょう」
提案に、嫌悪感が湧いた。
「先の戦功により、人心は殿下へと傾いています。今までは漏れ出る威圧スキルのために表舞台への露出を減らさざるを得ませんでしたが、これからはそれも気にする必要はありません。さらに彼女のスキルを上手く利用することができれば、次の王座は見えるでしょう」
「私に兄姉を殺せと言うのか?」
「有力な支持者たちを奪い取ればよろしい。従う者のいない王ほど惨めなものはありません。力関係が傾けば兄上殿は自ずと王位を譲渡されるでしょう。継承権の低い者が王位に就く前例は、過去に複数回あります」
それをもし本気でやるならば……せめてこの国の半数以上を味方に付けるべきだろうがな。軍部に籠もって表舞台を避けてきた私には無理な話だ。
「第一王子様も第二王子様も戦いは不慣れです。南方での騒乱の余韻がいまだ冷めず、さらには西方諸国の併合も視野に入る今、この国は強い王を求めております。決して不可能な道筋ではありません」
「南方で残っているのは後始末だけだ。いずれ落ち着いていく。西方諸国で起こっている戦争など放っておけばいい。……やっと平和が見えたのに、私が王位を狙うためだけに戦争を続けろと言うか?」
「今は穏やかですが、情勢は海風のようなものですからな。未だ現状は危うい。盤石を期すならば南方の危険は念入りに排除し、西方にも積極的に介入して行くべきでしょう」
「継承権上位ならもう一人いる。あの極上の天恵持ちがいればそうそう滅多なことにはならん」
「第一王女様の天啓はそこまで便利なものではありません。それにあの方は王位に興味ありますまい。たとえ回ってきても辞退なさるでしょうな」
王位継承権第四位。
その肩書きが引き連れてくる面倒事から逃れるために軍人となり、小難しい政治や華やかな社交界と距離を置いたはずだった。しかしいざ情勢が不安定となれば、貴族も議会もすり寄るようにつきまとってきた。
「私が王座を狙えば諸侯たちが黙っていまい。どうしたって内戦になるぞ」
「叩き潰せばよろしいでしょう。古く力を持ちすぎた貴族は時代にそぐいません」
「それはお前個人の意見だろう」
長兄は平和主義者で次兄はうつけだ。
由緒正しさを重んじる者たちは長兄を、甘い汁目当てや王家の力を削ぎたい勢力は次兄を支持している。そこへ表舞台を避けていた私が参戦してもややこしくなるだけ。
「それに、我々が取り込むのはあの剥奪屋のためにもなりますでしょう」
「……どういうことだ?」
「王都の端でひっそりやっているだけで、隠れているわけではありませんからな。きっかけさえあれば噂は広まるでしょう。政争に巻き込まれるならまだマシで、悪人にでも攫われればどんな扱いを受けることか。玄関の扉は替え時だったかもしれませんな」
スキル剥奪屋の少女を思い出す。規格外のスキルを持ってはいたが、彼女はどう見ても一般人だった。何者かに狙われたなら大した抵抗もできまい。
店の場所も悪い。あまり人気の無い空き家の目立つ街外れである。チンピラでも人知れず攫うくらいはできるだろう。
きっとこの片眼鏡の男の差配で、今頃は優秀な工兵がとびきり頑丈な扉を運んでいる最中のはず。鍵も最新式にするに違いない。……が、いくら玄関が頑丈だったところで別の場所から入ればいいのだし、そもそもあそこは店なのだから日中は開いている。
――他の勢力が彼女を取り込んだ場合、どうなるか。
あまり良い想像はできなかった。第一王子についた場合は暗殺、第二王子についた場合は獄死になりそうだという予感がしたくらいだ。
守る意味でも取り込んで軍部にかくまってしまった方がいい、というのは合理的ではあった。……まああの少女を誘致するためには、理由として剥奪スキルを利用した軍部の強化をあげるのが自然になるのだが。
大きくため息を吐く。馬車の振動を感じる。
格子の入った小窓へ視線を送る。古い様式の建築が並ぶこの辺りは、たしかピペルパン通りと言うのだったか。元は陽気な詩人の名から付けられたはずの、その名にふさわしい陽気な街。
「――戦争はもう、終わったのだ」
答える。
彼女はあの町並みが好きだと言っていた。散策がてらの帰り道でその町並みを眺めて、その気持ちがよく分かった。彼女が好きなその光景を私は戦火から守ったのだと、ほんの少しだけ誇らしく感じられた。
それで十分。王位になど興味はない。新たな戦火など求めていない。
「よからぬ者が近づかないよう、あの店の隣家に護衛を送り込め。表向きは昨今のゴタゴタに乗じ、力を増しつつある犯罪組織捜査のため、だ。彼女を取り込む必要はない」
私にできるのはそれが精一杯だろう。
「……甘いですな。やはり殿下は甘い」
片眼鏡の男がため息を吐く。
「ならば、軍部をお離れなさい」