いくらお金を積んだとしても
心を強くするスキル。
実はその系統のスキルを持っている人は、けっこういる。日々の生活でも人生の節目でもなんらかのイベントでも、心境というものは人が生きていく上で切り離すことはできないものだ。そういう意味で、精神系のスキルはとりやすい部類に入るのだろう。
私の店だと、直近ならビックスのスキルはそれ関連だったと思う。もっとも、彼の依頼は別口で、そのスキルは有用なものなので剥奪はしていない。
あとは少し前だけれど、グレスリーさんの冷血とか。あれも心を強化するスキルだろう。副作用が強いスキルだから剥奪したけれど、必要があったら戻すということでスキル輝石はちゃんと持ち帰っていった。
そもそも、そんなに数があるわけでもない。
スキルには体調や精神の調子に関係するものもある。病気がちな人が健康のスキルを得ることもあるし、トラウマに悩まされる人が忘却のスキルを得ることもある。そこまで直接的でなくても、なんの変哲もない普通のスキルが実はその人を支えていたということはあり得る。
だからわたしはいつも、なにか不調が出たらすぐにスキルを戻してください、と忠告をするのだ。なのでスキル輝石はほとんど持ち帰られるし、わたしとしてもそれが安心できる。
まあ……それでも、置いていくお客さんはいるんだけど。
自分は上手く使えなかったけれど、扱ってくれる人が現れるのを願っている。
もう絶対戻さないから、捨てるか誰かにやっておいてくれ。
これは悪行に利用できるスキルだ。手元にない方がいい。
自分にはもう必要ないが、欲しがる人はいるかもしれない。
こんな下品なスキルを持っていたことを忘れ去りたい。
手放す理由はいろいろ。けれど不思議と、ここに置いていく人は誰かに渡ることを願っているようにも感じた。
要らないなら自分で捨てればいい。くずかごへゴミのように投げ入れればいいし、机の引き出しに入れて忘れ去ってもかまわない。それをせずにここに置いていくというなら、わたしに処理を頼むというならば、そういうこと。
だから渡すのはいいけれど。……いいのだけれど。
スキル輝石は、店の棚の引き出しでちゃんと保管している。でもたしか十個もないはず。
その中に心を強くするスキルは……なかった。
「……申し訳ありませんが」
胃がキュッとした。内容物がグルグルして、じわりとこみ上げてくる感覚。
今は我慢する。
「精神の強化に関するスキル輝石の在庫はありません」
カレンさんの申し出に、わたしは首を横に振った。
そうするしかない。ないものはない。なんならそのスキルはわたしが欲しい。なんとか今あるスキル輝石でそれらしいものはないかと考えてみたけれど、無理。ない。
「そ、そんな……」
絶望の顔で手で顔を覆うカレンさん。どうやらかなりここに賭けてきたようで、顔色が青ざめている。
元々が色白だから体調が悪いように見えてしまう。
「本当にないのですか? カレンさんはお金持ちですから、謝礼は弾んでくれると思いますが」
食い下がったのはトルティナだった。友人の様子が見るに堪えなかったのかもしれない。
「それは魅力的なのですが……なんらかの事情がないかぎり有用なスキルを剥奪する方はいませんので、この店をご利用になる方はだいたいハズレスキルで困っている方なのです。精神強化スキル系統は有用ですから、要らないという方はなかなかいません」
実際、お金は魅力的。トルティナの言うとおり、カレンさんはかなりお金持ちだろうし。
そしてすごいお金持ちを怒らせたくないから本当に断りたくはない。
でも無理なんです。だって要らないものしかないので。
「わたしがスキル輝石の売買をしない理由の一つがそれになります。有用なスキルは手に入らない。持ち主を困らせるハズレスキルを売りつけるなんて詐欺ですからね」
もちろん他にも理由はあるけれども。
スキル剥奪だけでも精神的にいっぱいいっぱいでやってるのに、これ以上仕事を増やせないとか。あと絶対クレーム増えそうだなとか。
「で、では!」
カレンさんが急にテーブルを叩いて腰を浮かせる。声が裏返ってしまって、それに気づいて恥ずかしそうに腰を下ろした。
「その……もし、心を強くするスキルを譲ってくださるという方がいて、その人を連れて来たら……そのスキルを剥奪してわたくしにくださいますか?」
……妙に必死だな、とは思った。
この人はあまり他人と話すのが得意じゃないタイプだと思うから、すぐに引き下がってくれると思ったのだけれど。
「二つの理由からオススメはできません」
わたしは毅然とした態度で首を横に振る。……毅然とした態度に見えているだろうか。ストレスによる吐き気で青ざめて、病人が震えているだけに見えていないだろうか。あまり自信はないけれど。
正直、この質問の答えは考えるまでもない。
「まず、心を強くするスキルはその人の精神を支えている可能性があります。心身に不調をきたすかもしれないので、不用意に剥奪するべきではありません」
まずは指を一本立てる。
「そしてスキル輝石によるスキルの譲渡は、完全に元の持ち主と同様の効果が期待できるわけではありません。個人の資質に左右されますから、まったく別ものになってしまうこともあります。これもわたしがスキル輝石売買をしない理由ですね」
指を二本目。
そもそも魅了のスキル輝石を使用したら蛾が寄りつくようになっちゃいました、みたいな例があるのにそれで商売なんてできないでしょ。
結局あのスキル輝石は回収したからまだ引き出しにあるけど、まだまだずっとしまっておく予定。
「これらの理由からオススメできません。わたしにはなんの保証もできませんからね」
「わ、わかりました。では剥奪屋さんの保証は必要ありません。仮に失敗しても、あなたを責めることはしないと神に誓いましょう」
わたしの説明に、カレンさんはそう頷いた。
あれ? やる気になってる? やめてもらおうと思って言ってるのに? 本当に嫌なんだけれど。
まさか保証なんか要らないからやる、なんて結論になってしまうとは……。
「お互いに同意の上だったらいいんですよね? 数日待っていてください。いくらお金を積んだとしても必ず、心を強くするスキルを持っている人をここに連れて来ますから!」