カレンの依頼
「運転手さんは外で待っていらっしゃるのですか?」
トルティナとカレンさん。その二人を店内に通して、とりあえずテーブル席へ座ってもらうよう進めた。奥のソファではないのは、あそこは剥奪スキルを使う場所と決めているからだ。
三人で話をするにはテーブルの方がいい。
「は、はい……彼女は使用人ですので……」
使用人さんかぁ。新しい車といい、本当にお金持ちらしい。
とりあえずお茶は三人分で大丈夫のようなので、用意して運んだ。
そうして、わたしも席に着く。
久しぶりのトルティナと、初めましてのカレンさん。そんな二人と話すの緊張するんだけど。トルティナとはそんなに親しいわけじゃなかったし。すでに吐きそう。
「カレンさんとは病院で知り合ったのです」
話し始めたのはトルティナだった。なぜか彼女はわたしと目を合わせてくれない。
相手をまっすぐ見て話すの苦手だからありがたいけれど、こうして露骨に下を向かれると困る。
「トルティナはアネッタさんに暴走したスキルを剥奪してもらった後、体調を崩して入院しました」
「それは聞いていました。すみません、わたしがもっと上手くスキル剥奪できていれば良かったのですが……」
「いいえ。トルティナがここにいるのは、アネッタさんがスキルを止めていただいたおかげなのです。トルティナは感謝しているのです」
トルティナはロアさんに向けた呪術系スキルを暴走させたことがある。
暴走自体はロアさんのせいだったのだけれど、そのスキルを使おうとした動機が……なんというか、ちょっと恋心がねじ曲がった害意みたいな感じで、それを自制できなかった彼女は自己嫌悪から別のスキルで自分で自分を消そうとした。
つまり自殺未遂のようなものだ。
わたしはそんな彼女のスキルを剥奪した。暴走したスキルも、自分を消そうとしたスキルも、両方。
自殺を止めるためとはいえ彼女の邪魔をしたのだから、恨まれているのではないかと思っていたけれど……どうやらもう、消えてしまいたいとは思っていないらしい。
「ただ、いろいろとあったのですからね。最初はかなり落ち込んでたのです。食事も喉を通らないくらいに。でもそんなときにカレンさんと出会ってお友達になり、お話するうちに気力が戻って、こうして快復することができました。すごくお世話になったのですよ」
「そ、そんな……お世話になったのはこちらでしょう。わたくしもトルティナさんのおかげで元気になれたのですから」
「フフ、お力になれたのなら嬉しいのです。トルティナとカレンさんはお互いに励まし合って、病院での日々を乗り越えたのです」
ふむ? ということは、カレンさんも入院患者だったのだろうか。
落ち込んでいた病人同士が知り合って友人となり、お互いに支え合って回復していく……そんな一幕があったのかもしれない。
「お二人とも、とてもいい友人なのですね」
仲の良いことはいいことだ。自殺未遂しようとしたトルティナはたぶん精神的に不安定だっただろうから、カレンさんがいてくれて本当に良かった。
「とてもいいお友達なのです」
黒髪黒目の、黒いワンピースドレスの少女はそう肯定して、お茶を一口飲む。
「そして、トルティナはそんなお友達のカレンさんの悩みを解決してあげたいのです」
それでこの店に再来店した、と。
お客さんがお客さんを連れてくる、というのはけっこうある。セレスディア様はミクリさんが連れて来たようなものだし、ジャックさんもグレスリーさんが連れてきた人だ。
口コミって強いんだな。
「なるほど、それでこの剥奪屋へいらっしゃったということですね。では、カレンさんはどんなスキルを剥奪したいのですか?」
わたしは改めて、シルバーブロンドの女性へと向き直る。この人もトルティナとは別の意味で目を合わせてくれない。ずっとオドオドしていて、単純に人見知りな感じがした。
「そ、その……」
声が少しどもり気味。視線は下向き。お茶にはまだ手を付けていない。明らかに人と話すのがあまり得意じゃないタイプだけれど、姿勢や所作の美しさからにじみ出る育ちの良さのおかげで卑屈さを感じさせない。
シルバーブロンドの髪も白く透き通る肌も全然日焼けしていない。まるで彼女だけ色が抜けているよう。あまり外に出ないタイプ。
服装は白を基調としたブラウスにロングのスカート。
そしてよく見ると美人さん。
なんだか深窓の令嬢という感じがする。お金持ちの家で大切に育てられたお嬢様、みたいな印象だ。
「わたくしは、スキルを剥奪してほしいわけではないのです」
ここはスキル剥奪屋ですが?
「ト……トルティナさんにお聞きしました。あなたのスキル剥奪は、剥奪したスキルを石にして保管できると」
カチャリと、ティーカップがソーサーに置かれる音がした。トルティナはもうお茶を飲み干してしまったらしい。まだ淹れたばかりだから熱いはずなのだけど、火傷は大丈夫だっただろうか。
「あの日トルティナを、トルティナのサーチを使って探したとお聞きしたのです」
それは……そんなこともあった。
トルティナがスキルを暴走させた日は、元々はトルティナのものだったサーチのスキル輝石をマルクさんが使用して、彼女の居場所を突き止めた。あれはまだマルクさんが持っているはずだ。
たぶんあの日のことを詳しく聞く機会があったのだろう。……サーチのスキルはトルティナがわたしにくれると言って置いて行ったものだから、使ったことを責められたりはしないよね。返してって言われたらマルクさんに直談判に行くしかないかなぁ。
「つまり剥奪したスキルは、他の人に渡せるのですよね?」
「ええ、できますよ。もっとも、個人の資質によって元のスキルとは違うスキルになったりすることもありますが」
あれ? この説明ってしなかっただろうか?
そういえばトルティナにその辺りの話はしていなかったかもしれない。彼女が話の途中で切り上げて、出ていってしまったのだったか。
「ではもしアネッタさんが持っていたら、カレンさんに売ってあげてほしいスキルがあるのです」
ああ、そういう依頼なのかと理解して、わたしは眉をひそめる。
前にロアさんが緑の手を所望したときと同じ、といえば同じだろう。けれどダメだ。あれは特例で、わたしはそういう商売をする気はまったくない。
カレンさんを見る。彼女は思い詰めた表情で下を向いていた。
「……わたくしは、その、心を強くするスキルが欲しいのです」
なるほど。気弱な深窓の令嬢が欲しがるスキル……。一般的かつ有用な精神系スキルだ。欲しい理由だって共感できる。
でも申し訳ないけれどその期待には応えられない。
だってうちにあるのは、ほとんど全部ハズレスキルだからだ。