スキルは平等ではない
誰に恥じることなく正々堂々、ときたか。
なるほど、それは生き方の話だ。倫理の話と言ってもいい。
「……スキルは、ズルみたいなもの、デスか」
ふぅー、と息を吐いた。思い出すのはザールーン教の始祖、ロイヤルスキルを発現しなかった王族様のことだ。
――しょせんは力に溺れるだけの、中身の伴わない愚者たちだ。
そう言ってスキルを憎んだとされるその人物にとって、強いスキルというのはずいぶんズルに思えたのだろう。
「まあ、分からないことはないデス。納得はできないデスが」
スキルは平等ではない。
どんなスキルも個人の資質に大きく寄るところがあるから、その差の部分をズルと言いたくなる気持ちは分かる。
「ハハハ、みなさんそう言います。スキルはズルではないってね。だってみんな日常で使ってますから。……でもたまに、ズルみたいにすごく恵まれたスキルを持ってる人もいるでしょう?」
「たしかに、心当たりは何人かいるデスね」
あたしはそういう人物たちを順番に頭に浮かべていく。……うん、王族の次に剥奪屋が出てきた。
あれはズルみたいなスキルだ。だって意味が分からない。原理も分からなければ彼女に発現した理由も不明。なのに王族のスキルすら奪い取れるのだから、格としてはロイヤルスキルより上の可能性すらある。いろいろと問題はありそうだけれど、平民なのに規格外ランクを持ってるだなんて、それだけでもズルい気はする。
……ああ、なるほど。たしかにあたしにも、スキルをズルいと思う気持ちはあるのだろう。
スキルには、大きく分けて四つの種類がある。そしてその全ては平等ではない。
一つは習得。努力によって得られるもの。しかし、人と同じ努力をしたとしても同じスキルが得られるわけではない。
一つは進化。スキルは習熟すると進化することがあるが、練度を上げれば必ず進化するというわけではない。
一つは覚醒。スキルは突然なにかのきっかけで、あるいはなんのきっかけも無しに習得することもある。だが、なぜ覚醒するかは分かっていない。
一つは――
「天恵スキル持ちとか、ズルいデスよね」
「ええ。あれはその最たるものですね」
――生まれつき持っているもの。
(……なあ、ミクリ。ちょっと今いいか?)
唐突に、頭に直接話しかけられた。双子の兄からのテレパシー。
(今取り込み中デス。後にして下さい)
(いやいや、すぐに済むからちょっと聞いてくれよ)
じゃあ最初に許可を取らないでほしい。
(お前ってけっこう本読むだろ。小説いらないか? 実は複雑な事情があってシリーズものを買っちゃったんだが、要らなくなってさ。なんか品種改良された生物が機械の代わりをやってるグロテスクで殺伐とした世界の物語らしいんだが……)
(なんデスかその設定。というかその複雑な事情、全部言い当ててあげるデスよ。どうせ本好きの女の気を惹こうとして買ってみたはいいけどすでに恋人がいたとかでしょ)
(………………テレパシーって不便だな)
双子の兄が分かりやすすぎるだけである。というか、あたしが普段読んでるのは小説じゃない。
(手元に置いておきたくないなら、ロア殿下に流行の小説だって渡してやったらどうデスか? 市井ってものを勉強するためって言ったら読むデスよ)
(おお、たしかにそうだな。なんなら経費で落としてもらえる可能性もあるな)
(さすがに厚かましいってキレられるのがオチだと思うデスけどね)
通信終わり。
「天恵は生まれつき運に恵まれただけデスからね。しかも強力なものが多い。羨ましいを通り越して妬ましい気持ちになるのはよく分かるデスよ」
「そういう気持ちは誰しも持っていますからね。僕だって子供の頃、強力な天恵スキルがあれば良かったのに、なんて感じたことはあります。でもそれは子供らしい浅慮だったと今は思いますよ。――ハッキリ言いましょう、天恵スキルは害悪です」
撃ちたい。
「南部戦線ではセレスディア様の天恵スキルがなければ危なかったんじゃなかったデスっけ?」
「ああ、それは知っていますとも。それは素晴らしいことだったと思いますよ。でも、何事にも例外はあるというだけです」
気づけば、盤面は少し進んでいた。
互いに中央に戦力を集めている。……まだよくある盤面だ。まだ互いのキングは動いていないけれど、ここまできたらそろそろ戦いが始まるだろうか。
ヤガートお爺さんが一つだけ突出した黒のポーンを動かし、白のポーンを取る。ウルヴァス氏はすぐにビショップで取り返す。
「スキルは不平等なんです。ごく一部の者が恵まれ、だからその他大勢はそれを遠目で囲んで負の感情の対象にする。結果、僕のようにスキルを使わず努力する者ですらその余波を受ける。天恵スキルの存在はその悪い巡りを促進させるものです。――だって、なんの努力もなく生まれながら恵まれた者がいるのは、事実なんですから」
「必死になったことがないんデスね」
ヤガートお爺さんがポーンを二つ進めて、飛び出たビショップをいじめる。
「……どういうことですか?」
引く一手。けれど、ウルヴァス氏はすぐに指さなかった。
「チェスを勉強してもプロになるわけではない。筋肉を付けても軍人やアスリートになる気はない。研究者になっても心の底から知りたいことはない。たぶん必死になってまでやりたいことがないから、スキルを封印してしまってもいいやって、そんなとこデス」
あたしはスキルに恵まれた側の人間だ。そして、恵まれていない者たちがいることは知っている。
けれど、それをズルだなんて思いはしない。――なぜなら自分は軍人だから。
このスキルは国を護るためのモノ。下らない感傷ごときで使用を躊躇うなど馬鹿馬鹿しい。
きっとウルヴァス氏には、そういうものがない。なんならどうしても欲しくて必死になって手に入れたスキルとか、スキルを最大限活用してでも成し遂げたい目的とか、そういうものもない。
スキルに対して誇りがない。だから簡単に捨てられるし、他人のものも貶められる――そういうことだと、あたしは勝手にそう決定した。
「ヤガートお爺さんの言ったとおりデスね。わけが分からない。その封印具は努力の証とか言ってますけど、なんのために努力してるんデスか?」