オシャレな封印具
チェスの駒にはものすごく高価なものがある。
材質が宝石や希少な木材だったり、美しく仕上がった陶器だったり、水晶を磨きだしてあったりする。もちろんどれも最上位の職人の作品だ。歴史的な対局に使われたとか名匠の最期の作品だとか、そういうプレミアがついたりすると目が飛び出るような値段になったりする。
ヤガート老人はあたしとの対局のあと、すぐにまたお孫さんと試合するにもかかわらず、大切そうに駒を拭いていた。きっとそれくらい大切な、高価な駒なのだろう。それをウルヴァスという名のお孫さんは狙っていると。
ふむ、と自分の手を見る。駒を摘まんだ感覚は、まだ指先に残っていた。
高価な駒で対局する、というのはチェスプレイヤーの夢の一つだ。知らないうちにその夢が叶ってしまったのかもしれないと思うと複雑だが、今はどんな素材で誰の作品でどういう由来を持つ駒なのかが気になってくる。とりあえず陶器っぽかったけれど、たしかに白の曇りのなさと黒の艶が普通とは違う気がした。
ちなみに一番気になるのは値段だ。けれど、さすがにそれを聞くのは不躾だろう。
「こうしてヤガートお爺さんとチェス盤を挟むのは久しぶりですね」
「そうかの? つい最近のような気もするがな」
「一年前は十分久しぶりでしょう」
「歳をとると一年なんぞあっという間じゃよ。覚えておけ、すぐにお前もそうなる」
「ハハハ、助言をどうも。心しておきます」
二メートル越えのマッチョが爽やかな笑顔を浮かべながら白の駒を並べる。なんというか、それだけで異様な光景だ。人並み外れて大きくてゴツい指で摘まむと、駒の方が小さくなったような気がする。
……しかし、身体の大きさと筋肉に視線が行って見逃していたけれど、ウルヴァス氏は全部の指に高そうな指輪を嵌めていた。複雑な模様が入った腕輪も両手に二つずつ付けてるし、金属製のチェーンネックレスもしている。
まるで見せびらかされているようだ。筋肉質な肉体と日焼けした肌にキラキラした装飾品が映えるのは分かるが、さすがにこうジャラジャラつけていると下品だし、この身体が大きすぎる青年だと玩具のようにも見えて滑稽ですらある。
「どうしましたか、お嬢さん?」
ジロジロと見ていたのがバレたのか、筋肉ダルマのウルヴァス氏がこちらを向く。
……この青年もお嬢さん呼びか。まあ、こんな巨人みたいな相手からしたら、あたしなんて子供に見えるかもしれない。たぶん歳は同じかちょっと歳上くらいだろうけれど、別の生き物みたいで腹も立たない。
「失礼。その装飾品はすべて封印具なのかと見ていたのデス」
迷ったがそのまま正直に答えた。お前がザールーン教の信者であることを知っているぞ、と言っているようなものだけれど、ここで誤魔化す理由は見当たらない。
というか、あたしはこの青年に少し興味が湧いていた。だって想像してたのと全然違う。
「ええ封印具です。いいでしょう? 最近のはけっこうオシャレに作られてるから、普通の装飾品より凝ってますよ」
「たしかに、ぱっと見では封印具と分からなかったくらいデスね。ああいうのって、もっと地味って言うか飾り気がないイメージがあったデス」
「素晴らしいでしょう? ザールーン教専属の封印具職人がいるんですが、日々腕を上げています。これで性能もかなり良いんですよ。最近ではハズレスキルで困ってる方がこの封印具欲しさに入信することもあるくらいで」
封印具の見た目をよくすることで、ハズレスキル持ちをカジュアルな信者にしてるのか。なるほど。
たしかにジャラジャラとたくさん身につけているからイマイチに見えるだけで、アクセサリーとして見たときのデキはどれも良さそうだ。半分……いや三分の一くらいにすれば、品良く見えるだろう。
「ハズレスキルは発現するとけっこう大変そうデスからね。売ってる封印具ってイマイチ信用できないのも多いそうデスし」
「実は封印具って、並べ売りのものより職人に仕立ててもらった方がいいんですよ。並べ売りのはいろんな種類のスキルに利くように作られてますが、それだとどうしても効果が弱くなる。バシッと自分に合わせたものを作ってもらった方がしっかり封印してくれます」
あのスキル剥奪屋のアネッタさんみたいな、他人のスキルを取り出すスキルなんてものは規格外。普通はハズレスキルなんてものが発現してしまったら、頑張って制御できるように努力するか、それが難しいなら封印具などで誤魔化すかだ。
だからザールーン教に入れば高品質かつオシャレな封印具が手に入る……というのは実はアピールポイントなのかもしれない。
ただ……そのぶん値段が張りそうだけれど。
なんか、アレかな。信者は寄進の代わりに高価なスキル封印具をたくさん買うみたいな。そういう感じのマーケティングがあるのデスかね。
お爺さんの駒を欲しがってるのも、売ってお金にしようとしてるとか……?
「あなたも、そういうハズレスキルをお持ちでザールーン教に入ったんデスか? 邪魔なスキルがあって質の良い封印具を求めたと?」
ハズレスキルの話であの店を思い浮かべてしまって、ウルヴァス氏に聞いてみる。
もし彼がハズレスキルに悩んでいるのだったなら、チェスの勝敗がどうだろうと、彼をアネッタさんのところへ連れて行くのは無駄ではないのではないか。
スキルに対する悩みがなくなればザールーン教への信心も薄れるかもしれない。そしたらお爺さんも安心するだろう。
「いいえ。そんなものは持っていません。ですが、質の良い封印具は欲しかったですね」
ウルヴァス氏が白の駒を並べ終わる。ヤガートお爺さんもすでに並べ終わっていた。
対局者の二人はお互いに背筋を伸ばして、視線を合わせる。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
示し合わせたかのように同時。
たぶん、何度も何度も繰り返してきたのだろう。一年ぶりでも忘れないくらいに。
「そうですね。最初は、悔しいからでしたよ」
ウルヴァス氏が大きな手で、クイーンの前のポーンを摘まむ。
「チェスの腕前も、この筋肉も、中央の大学に受かった学力も、研究者としての実績も、すべて血の滲むような努力で身につけたものなのに。どれだけ努力してもそういうスキルがあるんだろって、お前は恵まれてるなって言われるんです。嫌になりますよね」
その一番弱い駒を二つ進める。
「僕は最初から強いクイーンじゃない。地道な研鑽をたゆまず続けて来たポーンです。この封印具は、それを証明するためのものなんですよ」