スキルは不便だ。結局使うのは自分なのだから。
アネッタのスキル剥奪屋から出て、帰り道。
ピペルパン通りでもあまり人通りが少ない辺りを、ぼくとメリアは二人で歩いていた。
空き家が多い区域だ。店はアネッタのスキル剥奪屋以外にはないし、この先に行く乗り合い馬車もない。つまり僕らしかいない。
マルク君は帰りがけにアネッタに呼び止められていた。あの様子だとすぐに追いついては来ないだろう。
彼女は昔から大人しいけれど、周りをよく見ていろいろ察するのが得意な女の子だった。ちょっとそれが行きすぎて空回りしたり、気遣いしすぎたりするところもあるけれど、いつも誰かの力になろうとしてくれる。
きっと、今回も気を配ってくれたのだろう。
「ねえメリア」
少し前を行くメリアに声をかける。それくらいは、できる。
「なに?」
せっかくアネッタが作ってくれた機会だ。だからとにかく話さなければ、って思って声をかけたのだけど、話す内容はなんにも考えていない。困った。
「えっと……お金貸してくれて助かったよ。ありがとう。来月になったらすぐに返すよ」
「べつにゆっくりでいいよ。アタシ、あんまりお金使わないから」
「そういえばメリアって昔から節約家だったよね。でもダメだよ。借りたままじゃむず痒いし」
ちょっと話の方向性間違えたな。いや大事なことなんだけど。ここを曖昧にしたまま切り出すのもどうかと思うし。
「そんな台詞が出てくるってことは、ナンパで引っかけた女に貢がせるヒモ野郎にはなってないみたいだね。安心したよ」
「酷いな。メリアはぼくをなんだと思ってるのさ」
「ピペルパン通りのナンパ師」
子供の頃からの仲だから、普通の雑談はできる。なんなら歯の浮くような言葉だって並べられるようになった。
でも、本当に伝えたいことだけはなかなか言えなかった。
スキルは不便だ。結局使うのは自分なのだから。
「――心を強くしたかったんだよ」
突然話題を変えたからだろう。訝しげな顔をしたメリアがこちらを向いてくれる。少し歩くペースを落としてくれる。
それがなんだか懐かしくって、子供の頃はよく後ろに隠れたぼくを振り返ってくれたなって思い出して、それだけでちょっと嬉しかった。
「たぶんだけど、最初は本当に偶然だったんだ」
なんというか……すごい正直なところ、借金してるのにこの話をするの嫌だな、という気はあるんだけど。
できれば後日に回したい。せめてちゃんと清算した後に切り出したい。
けれどまた偶然スキルみたいなのが発現してしまったら、目も当てられない。
「ぼくはあんまり人と話すのが得意じゃなかったからさ、昔はいつもメリアの背中に隠れてたでしょ? アネッタにもリレリアンにも頼ってばかりだった。だから、そういう情けないのをやめたいと思ってて。……で、そんなときに落とし物をした人を見かけてね。勇気を出して声をかけて、一緒に探したんだよ」
あのときは結局、落とし物は落とした本人が見つけた。ぼくはあんまり役に立てなくて、けれどすごく感謝されて、やって良かったと誇らしく思ったのを覚えている。
たぶん、あれが良くなかった。
「――それから、困ってる人を助けるためだったら自分から話しかけられるかもしれないなって、なんとなく探すようになっちゃって」
「……ふぅん。それで偶然スキルを習得しちゃったかもってことね。まあ、ビックスらしいかな」
肩をすくめるメリア。
結局ぼくは、困っている誰かを求めていたのだろう。偶然スキルは無意識とはいえぼくが望んで得ていたもので、申し訳ない気持ちはやっぱりある。
「でも、それならべつに相手が男の人でもいいよね。女好きは性根? まったく、スケベだよねビックスも」
「ああうん、そう思われちゃってもしかたないんだけど、違くて」
話しながら、歩く速度がゆっくりになるのを感じていた。足の動きが鈍い。前に進みたくない。
アネッタの店はピペルパン通りの端っこだから、帰り道は進めば進むほど人通りが増える。人目が増える。もう道の先には人影が見えている。
きっとここより先に行ったら、ぼくはまた先延ばしにしてしまうだろう。それはダメだ。
「心を強くしたいのは、もう一つ理由があるんだ」
歩く速度はどんどん落ちて、ついには止まってしまって、いったいどうしたのかとメリアが不思議そうな表情をして。
その顔を見ただけで足がすくんで、挫けそうになって、また冗談っぽい歯の浮くような言葉に逃げそうになって。
でも、マルク君みたいなのもいるし、あんまり悠長にはしていられないなって。
「女の人と気楽に話せるようになれば、好きな子に伝えたいことが伝えられるようになるかなって。実際はそんなに簡単じゃなかったんだけど」
ずいぶん回り道してしまった。迂遠なことばかりしてしまった。もう限界ギリギリだ。時間がたつにつれて綺麗になっていく彼女を世の男たちはいつまでも放っておかないだろうし、ここにきて厄介なハズレスキルにまで急かされている。
だから――まったく意気地がないのは昔からで、喉が引きつるように渇くけれど、足がもう前に出ないくらい震えてるけれど、ぼくは勇気を振り絞る。
幼馴染みの女の子の目をまっすぐに見て、意を決して口を開く。
「メリア。ぼくは君のことが――」