スキル育成のスキル
スキルの補助をするスキル、というものがある。
狙撃スキルを使うときには遠視スキルも発動している、と前にたとえられたことがあるけれど、遠視スキルは単体でも使えるものだ。
スキルの補助専門のスキル。たとえば筋力を増強するスキルに対して、骨や関節を守るスキルだとか。周囲へ無差別に振りまく魅了のスキルに対して、対象を限定するスキルとか。まあ、そんなの。
ビックスの偶然スキルはそれに似たものだと思う。
つまり、スキルを育成するためのスキルなのだろう。
「それでは、こちらが偶然スキルのスキル輝石になります」
「ぼく相手でも仕事の時はそうやって敬語になるの、アネッタはしっかりしててすごいよね」
褒めてるのか茶化してるのか……たぶんビックスだから褒めてるのだけれど、どちらにしろ嬉しくはないなぁ。
お仕事は親しい仲でも敬語でやるべきって決めてるの、その方が後の反省会がちょっとマシになるってだけだし。
「ありがとうビックス。この仕事もやっと慣れてきたところだから、しっかりしてるって言われるのは嬉しいわね」
お世辞には虚勢で返す。
本当は全然慣れてないんだけど、ここで弱みを見せるとまたビックスの女性に優しくする癖が出そうだから、営業用の仮面で微笑む。
……ううん、それだけじゃあないか。昔からの友人たちに、良い格好したいからってのもあるのだ。以前のような、引っ込み思案のダメな子供のままじゃないって思ってもらいたいんだろう。わたしにだって、それくらいの見栄はある。
「アネッタ、あんまりビックスの相手をマトモにしないで。調子乗るだけだから」
頭痛をこらえるように額を押さえて、メリア。
「そうそう。ビックス君も、あまり誰彼かまわずいい顔をするのはよくないぞ。声をかける相手はちゃんと見定めるべきだ。でないといつか痛い目に遭いかねないからな。本当に」
腕組みしながら、いつもよりも神妙な顔で諭すマルクさん。
なんだろう、そういう経験があるのだろうか。たとえば声をかけた相手にはすでに恋人がいてすごく怒らせてしまった、とかそんな感じの。
「アハハ、そうかなぁ。でも、たしかにそろそろ女性に声をかけるのは終わりにするべきだね。いつまでも同じことしてるとまた偶然スキルが発現しちゃうかも、だなんて……本当に、なんでこんな迷惑な才能があるんだか」
ビックスが新しく剥奪した輝石を摘まんで持ち上げて、諦めたような苦笑いをして。
そして、呟くような独り言。
「仕方ないね。なんだか、スキルに急かされてるみたいだけど」
…………。
「そうだよ、これからは変なことせずに真面目に生きな。そうすれば人に迷惑をかけるスキルなんか生えてこないだろうからね」
呆れたような、安堵したような声で皮肉げに言うメリア。
けれど、それはどうだろう。スキル剥奪屋さんとしては保証しかねる。普通に真面目に生きてる人でも、ハズレスキルが発現することはあるし。
「――さて、それじゃワタシは帰るね。お店閉めて来てるから早く戻らなきゃならないんだ。今日は親父がいないから店番が他に誰もいないんだよ」
メリアはすごいな。昔からしっかりしてる。
そうだよね、お店のこと気にかかるよね。わたしも前、営業時間中にこの国の王女様に連れ回されたことあるから分かるよ。
「メリア。ちょっと待って」
でも……少しだけ時間をもらって言っておこう。たぶん余計なお世話、要らないおせっかいなのだけど、たぶんわたしは後でまた不要なことをしたって反省して後悔すると思うんだけど。でも、今は言うことを選ぶ。
だから踵を返そうとした友人を、わたしは声をかけて止めた。
「なに? アネッタ」
「すぐにすむから、ちょっと来て」
彼女の腕を引っ張って、壁際へ行く。男たちから引き離す。
そうして部屋の隅まで来て、わたしは彼女の耳の近くへ口を近づけた。囁くように伝える。
「……これはスキル習得の話だけどね。こんなスキルがあったらいいなとか、こういう感じのスキルが欲しい、みたいにイメージしながら訓練すると取りやすいとか、聞いたことない?」
スキルの発現には、願いが強く関係するという。意識的にしろ無意識的にしろ、強く欲しいと願ったものが育ちやすい。……と、最近買った本に書いてあっただけだけど。
「あるけれど、それがなに? ビックスは人に迷惑かける様子をイメージしてたってこと?」
「いいえ、違うわ。たぶんだけどビックスはそんなの望んでない。けれどあの偶然は、ビックスが欲しいと願ったスキルかもしれない。だから二回も発現したのかもって思うの。……ごめんだけれど、少しの間ビックスのことを注意して見ておいてくれる?」
「……はぁ。まあ、分かったよ」
わたしの言葉にメリアはよく分からないという顔をするけれど、結局は頷いてくれる。
うん、これでよし……うん。
でも、うん……ちょっと迂遠すぎたかな。たぶんなんの意味もないかも。単に引き留めちゃっただけだなこれ。
「それじゃ、またねアネッタ」
ああ、行ってしまう。なんにもできてないのにメリアが行ってしまう。
もうちょっとだけ待ってほしい。でも本屋の仕事があるから引き留められない。
「今日はありがとう、アネッタ。もう変なスキルは出ないと思うから、安心してよ」
ビックスが笑顔で手を振って出て行く。
「じゃあ自分も。あ、また近いうちに客を連れてくるかもしれないんで、そのときはよろしくお願いします」
不穏なことを言いながら、マルクさんが二人の後を追う。――それは今朝来たジャックさんではなく?
「マルクさんは残って下さい」
出て行く三人のうちの一人を呼び止める。不安すぎるからとりあえず話を聞かなきゃいけない。今朝みたいに銃を取り出されるようなことがあったら嫌だ。
……それにきっと、これがわたしができるおせっかいの限界だから。