似合う表情
「それでは剥奪が確認できましたので、これにて終了となります。取り出したスキル石はお持ちください」
封印の装飾具を外しても、ロアさんの威圧スキルは発動しなかった。剥奪したスキルを間違えた、なんてことはなさそうだ。
「ああ、金はこれでいいだろうか?」
そう言って代金の紙幣を渡される。……ってすごく多い。これならイーロおじさんの分に扉の修理代を合わせても十分足りるだろう。
というかこれ、さすがに多すぎるのではないか。
「あの、代金はこの半分でも十分なのですが……」
「多い分はとっておいてくれ。それと、扉の修理は私が知り合いの大工を手配しよう。今日の夜までには終わらせるよう頼んでおく」
「えっと、ありがたいばかりなのですが……いいのですか?」
「なに、ついでのようなものだからな」
慮外の厚意だ。ありがたいけれど、本当に受け取ってしまってもいいのだろうか。
大工さんの方は、知り合いに腕のいい人がいるのかもしれないからお願いしてもいい気がする。むしろ断る方が失礼なのではないか。でもお金の方はけっこうな大金だし、普通に貰ってしまうのはやはりダメだ。でも突っ返すのは厚意を無下にするようでいけない気がする。
どうしよう。こういうのは本当に分からない。胃が痛い。
こういうとき、姉ならどうするだろうか。
「ありがとうございます。それではもし次回、剥奪屋をご利用されることがあれば無料にさせていただきますね」
これが正解……でいいのだろうか? 分からないけれど、とっさにしてはまあまあか。
これも夜寝るときになにが正解だったかグルグル考えそうだ。
「む……では、そのときはお言葉に甘えるとしよう。そう何度もハズレスキルを発現するとは思わないがな」
それを聞いて、あ、と思い出す。そういえば大切なことを伝え忘れていた。
「いえ、スキル剥奪の後は通常よりもスキル習得しやすくなるようですので、連続でハズレを引く人はたまにいます」
「……どういうことだ?」
なるべく平静を装って伝えると、ロアさんが真剣な顔つきになる。こんなことを後から言われれば、驚きもするだろう。
「スキルを剥奪すると、その人の中にその分の隙間ができるようなんです。そしてどうやら、その隙間を埋めるように新しいスキルが発現しやすくなるみたいで……すみません。わたしにも詳しいことはよく分からなくて」
「……いや、なるほどな。枠が余るという感じだろうか。面白い現象だ」
「はい。ですので、剥奪後は早めに有用なスキルを習得する努力をお願いしています」
「そういえばイーロ氏にもそんなことを言っていたな。了解した。この際だから、なにか良いスキルの習得を考慮しよう」
イーロおじさんはすでに三度もハズレスキルに当たっているから、そろそろ本気でスキル習得してほしい。
まあイーロおじさんは話していてもそこまで緊張しない相手だからいいけれど。
「他にはなにか、注意事項はないか?」
「そうですね。あるスキルを使うとき、別のスキルで補助していたりすることがあります。もし威圧を補助として使用していたスキルがあれば、今後使い勝手が違ってくるでしょう」
「狙撃スキルを使うときには遠視スキルも発動している、ということか。道理だな」
軍人さんらしい物騒なたとえだ。そういえば射撃系のスキルを持っていたようだし、遠視も持っているのだろうか?
「他には?」
「ありません。ですがもしなにか不調がありましたら、早めにスキルを戻してください」
大丈夫、これですべて伝えたはず。
スキルは本人でも詳細が分からないことが多い。それはわたしの剥奪に関してもそうだ。
だからスキル枠の隙間ができる以外にも、わたしも知らない副次効果などがあるかもしれない。
「そうか。――しかし、君の剥奪は素晴らしいスキルだな。中央区で店を開けばもっと繁盛すると思うが、どうしてこの場所で?」
繁盛なんてしたら絶対に心が保たないからです。
「わたしはピペルパン通りの町並みが好きなんです。この辺りに生まれ育ちましたから」
当たり障りのない及第点の返答。
実際には少し違う。本当は人と関わりたくないけど知らないところに住むのも恐かったから、ピペルパン通りの端っこ、空き家が多くて静かな場所に店を構えたというのが正しい。
まあ正確ではないだけで、嘘ではないか。似たようなものだろう。うん。
「……なるほど。今日は本当に助かった。君に最上級の感謝を」
カッ、と小気味よい、踵の鉄が打ち合わされる音。直立不動で揃えた指を頭の横へ。
軍人式の敬礼をしたロアさんはそのまま穏やかに微笑んだ。
「では、失礼する」
この人はやっぱり、優しい表情が似合うなと思う。