解明と対策
正直、剥奪することは容易い。
ビックスの偶然スキルは、おそらくとても珍しいものだ。わたしは他に見たことがない。もしかしたら似たようなスキルを他に持っている人はいるかもしれないけど、なにせ偶然だからそれをスキルだと認識することがあまりないはず。
ただまあ、希少だからなに? という話ではある。それが有用か無用かでいうなら、無用どころか邪魔でしかない。それなら価値はない。
近くにいる女性が偶然不運になるスキル。女性に親切にするのが大好きなビックスらしいけれど、親切にするために誰かの不運を望むのは本末転倒だ。彼としてもこのスキルの発現は本意ではないだろう。
だから剥奪してしまっていい。なんの問題もない。それでこの件のわたしのお仕事は終わり。
そう、わたしはスキル剥奪屋さん。スキルを剥奪するのがお仕事。だからそれ以外のことに関わる必要はないのだ。
……彼、わたしの幼馴染みなんだよね。
「お前、なんでそんなバカみたいなスキルを二回もとってんの?」
わたしは遠慮して言えずメリアは絶句していたので、これはマルクさんの言葉だ。心の底からこの場に彼がいて良かったと思う。
「たぶん才能があるんだと思うよ。マルク君だって得意なことだったら、たとえスキルが無くなってもまた習得する自信があるだろ?」
「それはあるが、それが偶然なの珍妙すぎるだろ」
これはメリアとビックスには内緒だけれど、マルクさんは軍人だ。今は町中に潜伏して治安を脅かす悪い人たちの捜査をしているらしい。すっごく周囲に溶け込む潜伏が上手いので誰も軍人さんだと気づいてないから、このことを知っているのはピペルパン通りだとわたしくらいだろう。
そんなマルクさんはたぶん、すごく銃が得意なのだと思う。これで一回しか発砲音がなかったのに拳銃の六発の弾をすべて撃ち尽くしていた、なんて離れ業をするような人なのだ。
普通ならそこまで極まらない。この人は銃の才能があるのは間違いない。だからきっと、彼から銃のスキルを剥奪したとしてもまた同じスキルを習得することはできる気がする。
つまり、ビックスには才能があったということだろうか。偶然の才能ってなんだろう。
「覚醒か習得の魔法系で、特殊発動型、だと思うけれど。魔法系のこういうスキルでまさか同一スキルが発現するとは予想してなかったなぁ……」
頭を抱えながら考察してみる。特殊すぎるから以前は完全に覚醒だと思ってたけれど、二度目の発現だと習得の線も捨てきれない。とりあえず自分以外の何かに作用するスキルだから大別は魔法系で問題ないはず。
剥奪はできるだろう。だって前回もできたし。
問題は、こんな特殊で珍妙な馬鹿馬鹿しいスキルがなぜまた発現してしまったのか、だ。……それを解明し対策を講じないことには、また発現する可能性がある。
「ああアネッタ。それは違うよ。前と完全に同じというわけじゃないんだ」
わたしの呟きのような考察を聞きつけて、ビックスが認識違いを訂正する。
「最初の偶然スキルは本当にただの偶然だと思ってたんだ。けど今回のは違う。制御はできないけど、なんだか事前に発動するのが分かるんだよね」
「ああ……だから本屋で急にどっか行ったのか」
マルクさんが納得したように頷く。
たしか三人で話していたら、急にビックスが外へ出て行ったんだっけ。それで通りを歩いていた女性が転んだと。
「前よりちょっと強力になってるのなんで?」
「さあ? ぼくが聞きたいくらいだよ」
もしかして前の経験を活かして効率化したとかだろうか。自力制御してないのに? スキルを剥奪して、また同じスキルを習得したら少しブラッシュアップしやすいとか?
今まで有用なスキルを剥奪した人なんていなかったから取り直しの前例はなかったけれど、なんでこんな案件で新しい可能性が出てきてしまうのか。
「たとえば……腕立て伏せを毎日していて腕力のスキルを発現したとして、それを剥奪してまた腕立て伏せを続けたら、また腕力スキルが発現してもおかしくはないから……」
とりあえず自分なりに、ビックスが二度続けて偶然スキルを習得してしまった理由を考えてみる。なんでこんな二度と同じ例が出てこないような考察をしないといけないの?
「つまり習慣。ビックスはいつも女性に声をかけてるから、それをやめればたぶん同じスキルは発現しないと思う」
ビックスは女の人に親切にするのが趣味の変人だ。だからこんなスキルが身についてしまうに違いない。
つまり、それをやめれば二度と同じようなスキルは発現しない。
「たとえばアネッタは、買い物帰りの女性が転んで持っていた果物をばらまいてしまったとして、それを拾わずにはいられるかい?」
もし目の前で転ばれたら、拾うなぁ。
あと、それを責めることはできないなぁ。いいコトしてるだけだし。
「偶然スキルは剥奪してもらう。でもぼくは困っている女性を見捨てるくらいなら、また同じスキルが発現することを選ぶと思うよ」
堂々としてる……。
「でも、なにもないときに自分から女の子に声をかけないようにすることはできるよね?」
やっと絶句から立ち直ったメリアが眉をひそめながら指摘する。それはそう。
偶然スキルがなければ、目の前で女性が困るなんてあまりないだろう。だから剥奪した後でビックスが女の子と積極的に関わらなければ問題ないはず。
「メリアはぼくに死ねと言うのかい?」
生死には関わらないでしょ。
「なら、毎回アネッタに剥奪してもらえるくらい稼げる?」
ビックスが目を逸らす。……剥奪の代金、やっぱり高いかな。
でも普通は一回剥奪すればそれきりでいいから、定期的に払う計画なんて必要ないんだけど。