幼馴染みたち
「はぁ……それで、再来店と」
「そう。少し目を離すとこれだよ。さっさっと剥奪してやってアネッタ」
応接用のテーブルを囲んで座って、ビックスとメリア、そしてなぜかマルクさんという組合わせに戸惑いつつ事情を聞いて、わたしは考え込むように口元に手を当てる……そのフリをして歪んだ唇を隠す。
ピペルパン通りのナンパ師と本屋の娘は、子供の頃からの付き合いだった。親同士の仲が良かったためか、昔はよく一緒に過ごしたものだ。
実はわたしの読書好きもメリアの影響だったりする。彼女はあまりお喋りが好きなタイプじゃないので、本屋に行くときメリアが店番だととても楽で助かる。
「なんだかアネッタ、ちょっと見ない間にまた可愛くなった? ぼくの幼馴染みたちはみんな、会うたびに美人になっていくね」
――逆にビックスは、最近は会うと疲れる。
以前はむしろ大人しくて人見知りだったのに、いつの間にかナンパ師なんて呼ばれるようになってしまった。ちょっと変わりすぎて会話に困るし、正解が分からなくて後の反省会で吐きそうになる。
そんな彼の偶然スキルは、本当に意味が分からないものだった。
なんだか彼の周りで女性が困ることが多くて、最初はビックスはいつも女性を助けているなという感じだった。でもあまりにその頻度が多いなとメリアが不信に思ったようで、引っ張るようにわたしのところに連れて来たときのである。
あのときも自分は、こんな顔をしていたものだ。
友人からお金とるのしんどい……と。
しかもそれなりに高額。
いくらスキル剥奪が珍しいとはいえ、普段からちょっと取り過ぎかな、でも安すぎてあんまりたくさんお客さんが来るとわたしの心が保たないしな、質の良い封印具ならもっともっと高いしこのくらいでも損はさせてないはずだから許してほしい――なんて思ってる値段設定だ。友人に払わせるのはとても心苦しい。
けれど。
「――はいはいビックス。今はそういうのいいから。そのスキル制御できないんでしょ。また発動する前にはやく剥奪してもらいな。アネッタ、これ剥奪の代金ね。たしかめて」
「いいわよメリア。ビックスの偶然スキルは周りに迷惑かけるからわたしも剥奪するべきだと思うもの。今回はお金はいらないわ」
「ダメだよ。アネッタだってうちで本を買うときちゃんとお金払うでしょ。友人だからって、こういうのはきっちりしなきゃ」
メリアはこういう性格だから安くさせてくれない。つらい。
「はぁ……つまり三人は友人だったんですね」
二人について来たマルクさんが戸惑い気味に後頭部を掻く。
メリアってちょっとキツめの吊り目だし、いつも寝不足で深いクマがあるからちょっと恐い感じがする。でも本当は優しい性格だし実はかなり整った顔立ちをしているから、ピペルパン通りの新しいナンパ師マルクさんが放っておくわけはない。
きっとメリアに声をかけてて巻き込まれたんだろう。
「あ、はい。わたしたちと、あとリレリアンは幼馴染みです。お互いの母たちの仲がよくて、よく子供のころのわたしたちを放って長いお喋りをするので、待ってる時間をいっしょに遊んでた……みたいな感じですね」
「だいたいリレリアンのやつがワタシたちを引っ張り回してたんだけどね」
「懐かしいね。あのころから三人は可愛かったよ」
ちなみにあのころ一番可愛かったのはビックスだったりする。小さかったし、愛らしい顔してたから近所のおばさんたちから人気だった。
あのころの彼は人見知りだったから、囲まれるとすぐに大人びていたメリアの後ろに隠れてたけれど。
「くぅ……ビックスめ。まさかリレリアンさんとも幼馴染みだったとは……」
メリアがいる場でそういうこと言って悔しがるところ、マルクさんがモテない理由だと思う。
……まあ、この軟派な軍人さんのことはいい。問題なのは軟派な幼馴染みの方だ。
「ビックス、以前そのスキルを剥奪してから結構時間がたってるけれど、なにか不調があって戻したの? もしそうだったら、また剥奪しても同じことが起こりかねないけど」
わたしはまだ、奥の剥奪のスペースにビックスを案内していなかった。わたし含めて四人いたからまずは接客用のテーブル席の方に案内したからだ。
でも、お金を出された今でもまだ、彼をソファの方へ案内することはできない。
だって彼は女好きだけれど、けっして人に迷惑をかけて喜ぶような男ではないから。それなのに一度剥奪したはずの偶然を戻しているだなんて、なにかあったとしか思えない。
「ビックスを甘やかしたらダメだよアネッタ。あんなスキルあっても邪魔なだけなんだから、多少の不調くらいは我慢させないと」
「ええ、そうですよ。女性を狙って不運にさせるスキルなんてロクでもない。すぐに剥奪するべきです」
毅然としたメリアと、それにウンウンと頷いて同意するマルクさん。
わたしはそんな二人に顔を向けて、首を横に振る。
「スキルを剥奪して体調を崩す人は珍しいけれど、実際に何人かいたわ。今まではどれも軽くすんでるけれど、今後もそうとは限らないでしょう? だからスキル剥奪屋の店主として、これだけは確認しておきたいの」
責任がとれないだけだけど、でも大切なことだと思う。
「ぼくの心配をしてくれてるんだねアネッタ。嬉しいよ」
ビックスはニコニコと、本当に嬉しそうな笑顔になる。
「でも、そういうことじゃないんだ。だって前に剥奪してもらった偶然スキルはここにあるからね」
彼はポケットに手を入れて、スルリと可愛らしい布の小袋を取り出す。その中身が取り出されテーブルに置かれる。
覚えている。覚えていた。それは間違いなく、以前ビックスから剥奪した偶然スキルだった。