ビックスのはそんな、本当に馬鹿馬鹿しいスキルなの
ワタシは騒ぐのが苦手だ。盛り上がるのが苦手だ。愛想笑いが苦手だ。
だから本が好きだ。気を遣う必要がないから。子供の頃から暇さえあれば本を読んできた。
そんな性分だからまあ、当然だけど友人は少ない。だって普通なら陰鬱な自分じゃなくて、肉屋のリレリアンみたいに社交性があって騒ぐのが大好きな明るい性格の人間に寄っていく。
……とはいえ、友人がまったくいないわけではない。ワタシだって昔っからの付き合いの友人は何人かいる。片手で数えられる程度だし、それぞれ繋がりが濃いとも言えないが。
ビックスはそんな、数少ない友人の一人だった。
「おっと、ちょっとごめんね」
不意にビックスがそう言って、外へと視線を向ける。
つられてそちらを見たけれど、店の出入り口からは狭くピペルパン通りの景色が覗けるだけ。
今は昼前の明るい時間で、比較的人通りが多い時間帯だ。今も数人が通り過ぎていった。……けれどまあ、それだけ。特におかしな事はなにもない。
それなのに、ビックスがそそくさと外へ向かう。
「……どうした?」
その様子がどうにも違和感があったのだろう、マルクさんも怪訝な顔をして声をかけたが、鹿毛色の髪の優男はヒラヒラ手を振るだけで答えて店を出て行く。
ワタシは唇の端を歪める。特にどこがおかしい、というわけではなかった。彼は普通に歩いているし、表情も普通だ。なにも変ではない。けれどなにかが変で、違和感が拭えない。
そしてそれがなにかは、すでに思い至ってはいた。
ワタシと話しているときに、ビックスがこんなにあっさり外へ出て行くはずがない。
いっつも鬱陶しいくらいに長っ尻していくのに。
「はぁ……」
ため息を吐いて、唇を歪めて座っていた椅子から立ち上がる。カウンターを出て彼の後を追う。
「あ、ちょっとメリアさん?」
マルクさんがワタシについてくる。好きにするといい。どうせ遠くまではいかない。多分だけど、ビックスのこれはそういうのではない。
とりあえず、店の出入り口から顔を出して視線を巡らせる。ビックスはそこまで遠くには行っていなかった。不自然にキョロキョロして歩きながら、首を捻っている。
「なんだアイツ。なにやってるんですかね、アレ?」
ワタシの横で同じように出入り口から顔だけ出すマルクさん。どさくさに紛れてちょっと近いな。
でも鬱陶しいけど、今はそれどころではない。
「よく見てて。それで、証人になって」
「は、はぁ……」
ビックスを指さしてそう頼む。マルクさんはさらに怪訝そうにするけれど、とりあえず了承してくれた。
二人で鹿毛色の髪の優男を、目で追う。
――さっきビックスは、ちょっとごめんね、と言って外へ出て行った。
急に用事を思い出したとか、そういう言い方ではなかった。なんだか何かに気づいて、少しだけ席を外して、すぐ戻って来そうな感じ。
「きゃ!」
人通りの多い大通りで、歩いているビックスの近くで悲鳴が上がった。近くをすれ違った女性が転んだのだ。
細身で眼鏡の中年女性だった。彼女は食材の買い出しに来ていたのか、持っていた袋を落としてしまっていた。入っていた果物がこぼれて道にばらまかれる。
あの人のことは知っている。名前までは存じてないけれど、本好きらしく店によく来るので顔見知り。なにをうちのお客さんに迷惑かけてるのかアイツは。
「大丈夫ですかお姉さん。お手伝いしますよ」
「あらあら、ありがとうね。ごめんなさいね、いやだわ歳をとると足元も怪しくなるのね」
ビックスが落ちた果物を拾って女性に手渡すと、人の良さそうな眼鏡の女性はなんにも知らずお礼を言う。
「いえいえそんな。少しもつれてしまっただけでしょう。それくらいはよくありますよ」
彼は幼女からお婆さんにまで優しくするのが趣味の変人だ。つまり、これがさっき外へ出て行った理由に違いない。
ワタシは出入り口から外へ出て、店の前で立つ。腰に手を当てて、さも何事もなかったかのように帰ってくるビックスを迎えた。
というか、なにをお礼に果物を一つもらってきているのか。アンタのせいでしょうに。
「やあメリア。ぼくを待っていてくれたのかい? 最初からすぐに戻ってくるつもりだったけれど、心待ちにしてくれるなんて嬉しいね」
「はいはいそうだね。いいからアネッタのとこに行くよ。アンタのその妙ちきりんなスキルを取りにね」
「ああ、やっぱりそうなるかぁ……あんまりお金ないんだけどなぁ。来月、いや再来月とかにならない?」
「お金なら貸したげるから、今日、今から、すぐに行くの。いいね?」
深いクマのある目で睨み付けて、不機嫌に唇を歪めて、頬を引きつらせて。きっと今のワタシはブスだろうけれど、昔っからの友人に詰め寄って胸ぐらを掴んだ。
逃がすわけにはいかない。知ってしまったからには、彼の迷惑をかけるだけのスキルを放っておけはしない。
「ちょ……ちょっと待ってくれ。事態について行けてないんだが、もしかしてビックス君はさっきの女性が転ぶのを知っていたのか? まさか君は未来予知のスキル保持者なのか? そんなセレスディア王女みたいな特級のスキルをなんで――」
マルクさんが慌てて横から聞いてくる。
これはべつにワタシたちの距離が近すぎるから嫉妬してるとかじゃなくて、本当に驚いていそう。
でもこれは違う。あの国宝級の天啓スキルと並べるなんておこがましい。比べただけで不敬罪になりそうなものでしかない。
「そんないいもんじゃないんだよ、ビックスのはね」
ワタシは前置きして――以前アネッタに剥奪してもらったはずの、彼のスキルの呼称を口にする。
「偶然。しかも女性相手限定でのね。ビックスのはそんな、本当に馬鹿馬鹿しいスキルなの」