ロア
とぷん、と自分でもよく分かっていない場所へ、わたしの精神が潜る。
潜ってすぐ、普通と違うなと感じた。
いつも明るい水の中だけれど、その明るさが違う。眩しいほどの輝き。
慣れてからやっとそれが、水中に浮かぶスキルの放つ光だと分かって……その多さに驚く。
大きいものだけでも、十や二十ではきかない。細かいものを入れたら数え切れない。
なんだろうこれは。フードを目深に被っていたし、口元も隠していたから彼の顔は分からなかったけれど、たぶん若いのはなんとなく分かっていた。きっと二十代。なのにこの量は異常だ。
恐る恐るスキルたちに触れてみる。
……これは、射撃? 銃の取り扱いについてのスキルな気がする。こっちは、人の気配を察知するスキルか。体術のスキルもある。怪我の治りが早くなるスキルもあるし、何日か徹夜しても平気なスキルも。
そうか、軍人で戦争経験者。だからきっと、彼は自分には想像もつかないほどの修羅場をいくつも潜っていて、スキルは生き残るために習得してきたものなのだ。
わたしが人と関わるのが苦手すぎて吐いていたとき、彼は国を守るために戦っていた。
これも、その中の一つなのだろう。
威圧のスキル。一際眩いそれに触れて、その大きさと美しさに圧倒された。
単純でなんの変哲もない習得スキル。なのに、ここまで存在感を放っているのは驚きだ。スキルは効果の強さによってランク分けされるらしいが、これはきっと最高ランクのAに違いない。
でも……だからこそ、わたしにはそれが悲しく思えた。
「人を、恐がらせるスキル」
封印具をたくさん身に纏った彼は、どちらかというと理知的で紳士な印象だった。
わたしを気絶させてしまったときは丁寧に謝ってくれたし、イーロおじさんとスキルについて話しているときは穏やかで楽しそうな雰囲気すらあった。
少なくともチンピラとか、ならず者みたいな、好きこのんで恐さを周りに振りまくような人たちとは違う気がする。
だからきっと……ううん。このスキル群を見れば分かる。
「そんなものを、ここまで磨かなければならなかったんですね」
ロアさんは、この人は、このスキルを使用しなければならなかった。わたしにとっては遠い場所での出来事だった戦争が、どれほど凄惨で厳しいものだったのか、彼を通じて少しだけ理解できた気がした。
ああ、でもそうか。……もう要らないのか。それはたぶん、良いことなのだろう。
戦争は終わったのだから、彼は日常に戻るべきだ。自分がそれを手助けしよう。このスキルでなら、それができる。
剥奪する。
「終わりました」
消耗していた。剥奪スキルの行使には集中が必要になるが、長く潜り続けるのは本当に疲労してしまう。
潜るのは毎回消耗するけれど、ロアさんは特に疲れた。彼のスキルは数が常人離れしていたうえに強いものが多かったせいか、潜っているだけで圧を感じるほどだった。
けれど、なんとか剥奪は成功できた。
ロアさんと握手していた手を離し、手の内に現れていた輝石をテーブルに置く。
「……これが、私のスキルなのか?」
少し呆気にとられた様子で、ロアさんは自分の内から剥奪されたスキルを眺める。
サファイアよりも美しい、透き通った青色。歪みのない真球。淡く光る宝石だと言って売ってもかなりの値がつきそうだ。
「はい。これでロアさんの威圧スキルは無くなったはずです」
「自分ではなにも変化は感じなかったが……」
「大丈夫だと思います。一応確かめますので、封印具を外してもらってよろしいですか?」
「ああ……そうか、そうだな。ではすまないが、気をしっかり持っていてくれ」
少し躊躇してから、ロアさんは目深に被っていたフードをとった。口元を隠していた布も解く。
素顔が露わになる。
黒髪黒目の、軍人らしく精悍だが整った顔の青年。
声から想像していたけれど、やはり若い。二十代の前半から中頃だろう。
「あ、やっぱり」
そうではないかと思っていたのだけれど、予想通り。彼のその黒の瞳の目にあったはずの険が、最初にわたしを卒倒させた恐さが、すっかり消えているのを確認する。
「珍しい例ですが、強力なスキルは持ち主に強く影響していることがあります。そういう場合、スキルを剥奪すると人格や体格が変化するんです。……ロアさんは人相の印象が少し変わりましたね」
眉をひそめる青年からはもう、威圧感は放たれていなくて。
「威圧スキルが無くなったロアさんは、とても優しい顔つきをしていらっしゃいますよ」
彼は何度かまばたきしてから、少し照れたように目を逸らす。
「……そうか」