ピペルパン通りの日常
「おはようアネッタ。お買い物かい?」
「おはようフレンさん。あれからどう?」
「最高さあ! やっぱりアネッタちゃんにとってもらって良かったよ!」
野菜売りの露店でトマトを三つと、パプリカとジャガイモを二つ買って、次のお店へ。
「いらっしゃいアネッタ。クルミのパンが焼きたてだよ!」
「おはようベンおじさん。じゃあそれ一つと、いつものをお願い。あとブルーベリーのジャムもお願いね」
「ああ、今日のジャムは良いできだよ。家内がまたジャムがつくれるのはアネッタのおかげだって、感謝しながら作ったからさ」
オマケしてもらったおかげで手提げ袋に入りきらないパンの袋を抱え、次のお店へ。
「お、アネッタじゃないか。どうだい、いい猪肉が入ってるよ!」
「ごめん、リレリアン。この前の燻製がまだ残ってるから、また今度ね!」
声を掛けてくれた同い年の友人に大きく手を振って、そしたら前から来た青年とぶつかりそうになってしまって。
「やあアネッタ、今日も可愛いね。一緒にお茶でもどうだい?」
「いつもお世辞ありがとうビックス。また女の子にフラれたの? そのナンパ癖、そろそろ治さないとまた変なスキルついちゃうわよ」
「ハハ、そのときはまた君にとってもらうさ」
知り合いだったその彼とも別れて、石畳の道を進む。
今日はとても良い天気。お日様は元気で、雲はまばらで、風は心地よくて。
ピペルパン通りは今日も活気があって平和です。
「うえぇぇぇオロロロロロロ!」
家に帰ってすぐトイレへ駆けて、吐いた。せっかく食べた朝食がすべて出て行く。もったいない。なぜ自分は朝食前に出かけなかったのか。
今日は買い物が多かったからか一段とシンドかった。
「あーもう、きっつぅ。……うっ、ウプ」
口元を布で拭う。胃がキリキリと痛む。血の気が引いているのか、触れた頬の体温が低い。
目に涙を溜めながら、水瓶に溜めておいた井戸水でうがいする。
――人と関わるのが苦手だった。精神がゴリゴリと削れていくからだ。
普通を演じることはできる。
なにも特別なことをする必要はない。笑顔を振りまいて、当たり障りのない言葉を使って、本当の自分じゃない誰かを演じて、ボロが出ないうちにお別れすればいい。簡単なことだ。
その簡単なことが、わたしにはキツいというだけのこと。
今日のわたしは大丈夫だっただろうか?
フレンさんに経過を聞いたのはもう三度目だ。何度も聞かれて面倒くさい、とか思われなかっただろうか? そろそろウンザリされているかもしれない。さすがに次は別の話題を考えて行った方がいいかも。
ベンおじさんのところは気を遣わせてしまったかもしれない。マヤおばさんのスキルを取ったのはもう一月も前のことなのに、今日もオマケさせてしまった。やっぱりそろそろ断るべきだっただろうか。というかわたし、こんなに一人で食べきれないと嫌な顔をして困らせなかっただろうか?
リレリアンやビックスの時の断り文句はあれで良かった? 顔は強張ってなかった? 声は上擦ってなかった? そっけなさすぎじゃなかった?
頭の中がグチャグチャになる。いつもこうだ。
それなりに人付き合いはできるけれど、一人になると反省会が止まらなくなる。ぐるんぐるんと自分の振るまいを思い出しては、あれで良かっただろうかと考えてしまう。
「はぁー……」
大きくため息を吐く。そうして、いつものようにお決まりのセリフを口にする。
「山奥に隠居したい」




