偽物。
陛下はきっと、以前に姉様を見かけたことがあるのだろう。
それで姉様とわたくしを見間違えていらっしゃる?
ズクン
胸の奥が痛む。
陛下を騙していることに。
辛い。
陛下が姉様を愛しているのだとわかったことが。
まさか、こんなふうに歓迎してくれるとは思ってもいなかった。
姉様が辛い思いをなさるなら、わたくしが身代わりでもいい、そう思ったはずだった。
生贄。奴隷にでもなるのかと、そう思っていたはず。
殺され食べられるとまでは思ってはいなかったけれど、普通の人間らしい扱いなんて望むべくもない、そう信じていた。
優しい瞳をしてこちらを見るレオンハルトさま。
あの瞳は、決してわたくしに向けられたものではないはず。
わたくしと姉様は容姿だけならよく似ている。だから、替え玉として送られることにもなったわけだけれど。
それも、こんなにも厚遇されると思っていなかったからこその話。
捨て置かれる存在だと、皇帝陛下もそれほど興味もないだろうと思ったからこその話で。
陛下を騙す、とか、そこまで深刻に考えていたわけではなかったのだ。
あの、一回目の人生の時のように、怒りに塗れた厄災帝王としてのレオンハルトさまを思い出す。
陛下がその気になれば、人類域など全て火の海にすることだってできるのだろう。
怒りに任せ暴れるだけで、残された人族など一人残らず滅ぼされてしまうかもしれない。
で、あれば。
隠し通さなければ。
わたくしが替え玉であるということは、出来うる限り陛下に悟られないようにしなくては。
申し訳ない。
そんな思いと、
人族のために。
そんな思いが交差する。
わたくしは自分の心を押し殺してでも、陛下の嫌気を買わないようにしなければ。
陛下に、わたくしが姉様ではないのだと悟られないようにしなければ。
あの陛下の優しい声が、わたくしに向けられたものではないのだという事実から、目を背けることのないようにしなければ。
陛下の、「愛している」という声は、姉様のものだということを忘れないようにしなければ。
勘違いしそうになるのを、抑えなければ。いけない。わたくしは偽物。替え玉、なのだから。
「今日は午後から君の歓迎式典を執り行うから、午前中はそれに備えていてくれ。婚姻披露は七日後だ。それまで色々と忙しいかもしれないけれど、何かわからないことがあったらミーアかジークに聞いてくれ。いいかい?」
「ジークさま、ですか?」
「ああ、ジークはこの屋敷を取り仕切ってくれている執事長だ。ジーク、こちらへ」
さっと前に出たのは黒山羊の獣人、グネンと曲がった大きな角、お口の周りは長いおひげで覆われている男性。
黒の執事服がとてもよく似合っている。
「ジークバルトと申します。以後お見知り置きを」
ギランと光るモノクルのレンズ。
うん。まるで黒魔法でも飛び出してくるような雰囲気の、そんな怖さもある。
「よろしくお願いします。ジークバルトさま」
「奥様。敬称は不要にございます。わたくしは執事でありますから、ジークとお呼びくださいませ」
「はい、わかりました、ジーク。ではよろしくお願いしますね」
「ええ、奥様。何なりとお申し付けくださいませ。本日はまず衣装合わせに職人を呼んでおりますので、あとはミーアとそちらで衣装をお選びくださいますよう」
「ありがとうございます。ミーア、それでは案内よろしくお願いいたしますね」
「ええ、奥様。参りましょう」
「それでは陛下。ありがとうございます。わたくしはこれで失礼致します」
「ああ、アリス。なるべく君の好みに沿うよう、用意してある。好きなドレスを選んでくれ」
陛下はそう、笑みを崩さず送り出してくれた。
少し気が重かったけれど、わたくしはそんなそぶりも見せないよう気をつけ、ミーアの後をついていった。