第1話
「昨日の新刊めっちゃよくてさぁ」
昼休み。こちらを一瞥もせず、一心不乱にノートに絵を描きながら彼女はいつものように楽しそうに話す。
先々月前の席替えからずっと隣の席になっている彼女は、くるりとこちらにイスを向け穏やかに読書に励む僕の机を堂々と独占中。
「何? またクール系鬼畜眼鏡出てくるやつ?」
「今回のはワンコ系後輩がかっこ可愛いやつ~!」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに顔を上げ二房のみつあみを揺らすと、自慢のピンクの眼鏡をくいっと上げた。
……あ、まずい。そう思った頃にはもう遅く、彼女は口火を切る。
「森の奥に住んでる迫害されてきちゃった一族の女の子のところにある日突然やってくるの! 長い間誰ともお話してなかったちょっと天然なヒロインが恐る恐る窓からお客さんを覗いたら……いるの! あれ、道間違ったッスか? なんて呟きながら途方にくれる私を連れ出してくれそうなヒーローが!! あ、ここの挿し絵のこてんって首かしげてる男の子のシーンは用チェックだよ。あーでも! 横峯ならもうちょっと先の慣れないドレスに戸惑う感じのヒロインの挿し絵が好きっていいそう。ヒロインも可愛いからオススメ! でねっでね!」
ちょ、近い近い近い。
目を爛々と輝かせながら推し語りをする彼女はその綺麗な顔にちょこんと乗せた眼鏡がぶつかってくるんしゃないかと思うくらいの距離までジリジリとつめてきていた。
えへへへへなんて可愛らしく笑うもんだからついつい見とれてしまう。
「えへへ、へへへへうひひ」
……おい誰だ可愛いなんて思ったやつ。
「聞いてるー?」
あらかた話して満足したのか、僕の頬をプニプニとつついてくる。
「聞いてるよ。コンビニのBGM聞くくらい真剣に」
「それならいいの! え、いや待ってそれホントに聞いてる……? 高校生にもなって真剣に聞いてるならそれはそれで心配だよ……?」
「何を。ああいうとこって最新の曲がかかってるから流行り掴むのにぴったりなんだぞ」
流れてる曲タイトルクイズとかやると結構楽しい。
ちなみに100戦8勝。そもそもヒットチャートなんて知らないから歌詞からタイトルを推測するしかないのである。
「横峯って別に流行りものそんな好きじゃないじゃん」
「……まぁ。でも話の種くらいに聞いとくべきだろ? それに、音楽っていっぱいありすぎて何から聞けばいいかわかんないしな。新しいの聞いときゃなんとかなるだろ?」
「あぁー……そういやそういうタイプか」
元々は厳格な家庭だったため、娯楽やネットなんてのは無縁の生活。今でもその習慣は抜けていなかった。
「仕方ないなぁ。昨日発掘した素敵なPさん紹介してあげよう!」
そういうと彼女はガサゴソと控えめに缶バッジのつけられた学生カバンを漁るとイヤホンを取り出した。
「はい。聴いて! PVも見て!」
相変わらず、大人しく可憐な容姿に反して元気いっぱいな様子でこちらに差し出してくる。
本当にこの子は見てて飽きないな。
そう考えながら薄く笑い、イヤホンを着け音楽に集中しようとすると片方を彼女にひったくられた。
「もう! 私も聴きたい」
僕の真隣へ椅子を近付けると肩を寄せてスマホを横に傾ける。
流れ始めた音楽とPVは……おぉ、結構重めのストーリーみたいだな……割りと面白い。音楽でPVなんて歌手のファンくらいしか見ないものだと思っていたし、ボカロのPVなんてただのイラストだろうと思っていたのだが。案外物語に凝っているようで見ていて面白い。
軽く聞き流して一言二言感想を告げるだけのつもりがつい、食い入るように見てしまうのだった。
「うぅ~近い……でも、ちょっとは意識してくれるかな……」
真っ赤になった彼女の顔もそんな呟きも気付かないくらい、夢中に。
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僕が彼女、桜木萌に出会ったのは小学校の5年生の頃に遡る。
これまた席替えが切っ掛けだった。5年生の頃、どこか期待と不安のないまぜった気持ちの皆。新しい友達は出来るのかな。面白い子だといいな。そんな気持ちの中、初めて彼女を見た時のことはありありと思い出せる。
「こんにちは。僕は横峯秀人っていうんだ。君のお名前は?」
ドキドキとしながら、しゃなりと座る綺麗な女の子に話しかけた。すると彼女はこう告げたんだ。
「なんだかんだときかれたら! こたえてあげるが世のなさけ!」
ヤバイやつだと思った。
「あ、まってまって。桜木萌、だよ。よろしくね横峯君!」
図太いやつだと思った。
「今のしってる? 夕方やってるアニメの! キャラがかわいいやつ!」
我が家は警察官でもある厳格な父の影響でテレビ番組はニュースくらいしかついていない。就寝は8時であり漫画なんて『漫画で分かる四字熟語』くらいしてか読んだこともない。そんなものだから、アニメなんて見たこともなかった。ましてやセリフから当てるだなんて真似、出来るはずもない。
「ううん、知らない」
うつむきがちに答える。ーーあぁまた1人になるのか。皆こう答えるとつまらなそうに他の子に話しかけにいくんだ。
「ごめんね。うちきびしくてみれないんだ。向こうの雛川さんがすきって言ってたと思う」
せめて、他の友達を作る手伝いをしてあげよう。
そう思ってた。でもーー
「ーーーーなら、わたしが教えてあげる!」
なんて、パアッと花が咲いたように笑う君に呆気にとられた。
よくわからなかった。こんな子、他に関わったことなんてなかったから。変な子だなぁと漠然と思い浮かべてた。
「でね! そのとき猫ちゃんがこういったの! 『にゃーは汚れちまったのにゃ……』って! かなしそうな顔なんだけどなんか感動したの!」
楽しそうに笑う、素敵な子だと思うようになった。
それから、隣の席のちょっと変わった女の子との小学校生活が始まった。
「ね! これみて!」
「なにこれ? 筆箱か。カピバラのイラスト?」
「わ、知ってるの? カピバラくんっていうキャラクターなんだよー! 横峯君に似てて可愛い!」
「僕こんなやる気ない顔してるの!?」
ぬべーとした顔に薄ら笑いを浮かべた口元。図鑑で見たカピバラも大概だったけどゆるくなって数倍ぬべーとした顔してる。
「うん! 似てる! 真冬ちゃんもそう思うよね?」
「ふふっ。う、うん似てるよ……?」
「雛川さんまで!?」
桜木さん経由で友達も出来た。雛川真冬、さらさらとした清流のような長い髪にくりくりとした小動物じみた目、ちょっとおどおどした佇まいの彼女。
「秀人くん、帰り道こんな顔してる、よ……?」
「僕そんな残業上がりのサラリーマンみたいな顔で帰ってるんだ……」
秀人、12歳にして社畜の顔つきだと……
「そんなところも……可愛くて好き、だよ」
「僕も雛川さんのそのしたたかなところは嫌いじゃないよ」
耳まで真っ赤にしながらからかってくる雛川さんとなぜかあわあわしながら目を白黒させてる桜木を横目に、僕はそう返した。
「……ぁぅ……違うんだけどな……」
憎たらしい顔のカピバラと見つめあってたらなんかつぶやいてる。なんだったんだろ?
「おーい! 横峯ー!!」
「若林くんじゃん。どうしたの?」
「秀人って勉強得意だったよな? 姉ちゃんにゲームでボコボコにされてさぁ! 個体値? とか努力値? とか色々あるらしいんだけど分かんねぇんだよ!」
突然やってきた濃い目の眉毛が特徴的なこの男の子は若林優作くん。
「僕、やったことないから分かんないよ」
「そう思ってこれ持ってきた!」
攻略本かな? 読解力には自信あるし力になれるかも。
「姉ちゃん!」
「んぐ! んんんん!」
ロープで巻かれ口をガムテープで塞がれた1歳年上の若林くんのお姉さんだった。
「勝ち方吐かせて!」
「今すぐ返してこい」
ちぇー、と言いながら教室を出ていく若林くん。
……うん。奇行が目立つけど悪い子じゃないんだ。悪い子じゃ……ほんとかなぁ。
「横峯君ー!」
むにーと頬を引っ張られるもんだから思わずそっちを見ると、桜木さん。
「お、お話しよ?」
すっかり忘れてた。そういや桜木さんと話してたんだった。
だけどそんな楽しかった日も長くは続かなかった。
「転校……?」
「うん。お父さんのお仕事の都合なんだって」
「そっか」
なんとか笑って送り出せたと思う。
でも、多分あの日から少しずつ僕の世界は変わってしまった。
彼女がいなくなって、色々あった。
……ありすぎて、僕はすっかり変わってしまったよ。
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それから。高校入学して最初の日、下ろし立ての制服に包まれながら手にしていた日記を閉じる。
目前には広い川と静かに草露のきらめく土手。
そう、僕は橋の欄干に手をかけていた。この川の一つになれたらなんて清々しいんだろう。ごみ屑みたいなこの人生に意味を見出だせるんじゃないだろうか。
もしくは流行りのノベルティのように、異世界転生なんかしちゃって新たな日々を歩めるかもしれない。
ーー願わくば来世はもっと素敵な人生でありますように。
「あぁー!! やっぱり横峯君だ! 久しぶりだね!」
そんな、声に救われた。あの時、僕が死のうとしたなんて君は欠片も気付いてないんだろうな。
……あぁ、隣の席の桜木さんが僕を異世界転生させてくれない。
初投稿です。書き留め次第毎日更新していきます。