最終話 創造
「旅人? 観光するとこなんかないよ。あっちこっち地震で倒壊してんのに」
門番はあからさまに面倒臭そうな顔をした。
命の国に最近大きな地震があったことは、ここまで連れてきてくれたバートから聞いていたので、エリスは特に驚いたりしなかった。
あちこちから煙が立ち昇っており、大小さまざまな瓦礫の撤去をしている人々が目に入る。
道らしき道はない。
「問題ない。もしよければ手伝う。入国を許可してくれないか」
門番は真っ黒な服を着ていた。闇の中を歩いていたら生首が浮いているように見えるだろうな、とエリスは思った。
「まあ、入国拒否したりはしないけどさ……じゃあまずあの機械で測定をしてくれ」
門番が指さす先には、機械があった。機械は人間ほどの大きさで、ちょうど人間の顔にあたる部分にモニターがついてある。
「あれは?」
「ライフ・ランク。命の順位を測定する機械さ。科学技術の進歩でね、顔の情報からそいつの能力や可能性をかなりの精度で測定できる。この国に入るならあの機械で自分の命の順位を測ってもらう必要がある」
「ふーん」
ジェーンはモニターに顔を近付けた。自分の顔が映る。
ピピッと音がして、機械は一枚の紙を吐き出す。
「603位」
ジェーンは紙をまじまじと見つめた。
「これは……どうなの?」
戸惑うジェーン達と対照的に、門番は口をあんぐりと開けていた。
「す、凄いじゃないか! 1万位を超えるのは簡単じゃないというのに! 3桁の順位なんて久々に見た!」
「あ、ありがとう……いい順位だったのね」
ジェーンは安堵の溜め息をついた。
「じゃあ私もやるでやんす」
イディナも測定する。機械は再び紙を吐き出した。
「9971位」
想定より低い順位だったのか、イディナは悲しそうに眉根を寄せた。しかし門番にとってはこれも滅多に見ない好成績だったようだ。
「あ、あんたら何者だ!? こんな高い順位が立て続けに出るなんて!」
門番が自分達に恐れをなしている様子は、なんだか気分がいい。
エリスは意気揚々と機械に近付いた。
「次は僕だ」
いい数字来い……! ジェーンより高い順位を出してあの門番のド肝を抜きたい……!
エリスは涼しい顔をしながら、人知れず祈った。
ピピッ。
「ERROR」
エリスは首を傾げた。
エラー?
「ERROR! ERROR! ERROR! ERROR!」
機械はうわ言のように繰り返す。門番は慌ててポケットから何かを取り出した。どうやら通信機器らしい。
「はい。こちらB-40。緊急事態が発生しました。ライフ・ランクでエラーが測定されました。指示をお願いします!」
何やらとんでもない事態らしい。あちこちでざわめきが起こっている。作業していた人達が手を止め、エリスを見ながらひそひそと話をしている。
「なんか、ヤバい結果だったみたいね」
ジェーンが他人事のように言った。
「神様殺したからでやんすね」
イディナも軽口を叩く。
エラーの原因はなんだろうか、とエリスは思った。イディナの言う通り食の国で女神を殺したことだろうか。それともその前に、女神に神の遺書を与えられ、それを取り込んで神格化したことだろうか。
なんにせよそれを顔から読み取ってエラーという結果を出したのなら、この国の技術は凄い、とエリスは呑気に考えた。
指示を仰いだ門番が、通信を切ってエリスのもとへ走ってきた。
「王様が直々にお会いしたいと仰っている。今からあなたを王宮に案内する。旅の仲間も共に来てよいとのことだ。ついてきてくれ」
門番が先導し、三人はその後をついていく。瓦礫の山の間を縫うように四人は進んでいった。
かなりきつい匂いがあちこちからしてくるが、誰もそれに対して発言しなかった。エリスはこの匂いが嫌いではなかった。
「ここが王宮だ」
「ここが……」
門番は一つの建物を指さした。それは木でできた小さな建物だった。何の装飾もない、簡素で無機質な家。
エリスにはどうしても、それが王宮だとは思えなかった。それまでの王宮は地震で倒壊したのだろうか、とエリスは詮索した。
「では、私はここで」
門番は頭を下げ、来た道を戻った。エリス達は門番に礼を述べると、小屋へ向かって歩き出した。
小屋の中には一人の男がいた。男はエリスが今まで会った誰よりも太っており、誰よりも顎がしゃくれていた。そして誰よりも顔が整っていた。頭の王冠を見る限り、彼がこの国の王様なのだろう。
王冠には宝石らしきものが埋め込まれていた。くすんだ色の石だった。
「そなたが、ライフ・ランクでエラーになったという旅人か」
「はい」
「そうか……あれはなかなか優れた機械でな、顔からあらゆる情報を読み取って計算し、その人間の価値を教えてくれる。だがその計算の過程はあまりに複雑で、人間には到底理解できないらしい。君がエラーになっても、そのエラーの理由はライフ・ランクにしか分からないし、ライフ・ランクが人間にエラーの理由を教えてくれることはないのだ」
「そうだったんですか」
「だから私は知りたい。なぜエラーになったか。君はその理由が分かるか?」
エリスは少し考えて、自分の中で最もありうる可能性を話した。
「……私は、女神の一人から力を受け取りました。彼女が言うには、私は神格化したと。それが原因でエラーになったのではないでしょうか」
「神格化とな」
「ええ。その言葉の真偽は不明ですが、確かに以前とは違う感覚に包まれるようになりました。何というか、それを言葉にするのは少し難しいのですが」
「ほう」
王様は興味深そうにエリスの話を聞いている。エラーになったときはどうなるのかと思ったが、入国拒否されるようなことはなさそうだ。エリスは安心した。
「神となったそなたに聞きたい。この世界はこれからどうなる?」
「……創造主が殺され、もうすぐ世界は終わります。私はそれを阻止するために旅に出ましたが、今ではそれが正しいことだったのかどうか、確信が持てません」
「このまま滅ぶのがよいと?」
「分かりません。でも、あまりに歪な世界は滅んだ方がいい」
エリスの言葉に、王様は難しい顔で頷いた。
「この国では命に順位をつけている。それは何も国民をいじめてるわけじゃない。国民全員を守ることができないから、優先度をつけているだけだ」
「分かってます。他に方法のない苦肉の策だったということは。だからこそ、そんな方法でしか維持できない世界の価値を考えてしまうのです」
「世界の価値?」
「これは一つの仮説というか、なんとなく思ったことなんですが。神様は何度も世界を作っては壊してを繰り返してきたんだと思います。この世界は、その無数の世界の中の一つにすぎない。平和な世界を思うように作れなかったら、神様はこの世界から去る。そしてまた、新しい世界を創造する。この世界はそんな、試行錯誤の途中でできたただのゴミです」
「なかなか面白い仮説だが……なぜそう思う?」
「根拠はないです。なんとなくです。神になった自分の感覚を辿ると、そんな気がするってだけで」
「なるほど……」
「真相はもう少しで分かります。世界が終わったときに」
王様は何かを放り投げた。エリスはそれを片手でキャッチする。
「……これは?」
「その鍵が、この国の女神だ。私はそれを渡す人間をずっと待っていた」
「どうして僕に?」
「『この世界の滅亡を望む者に鍵を渡せ』。それが私に託された使命だ」
エリスは鍵をじっと見つめた。水色の鍵だ。時計台の女神を見たので、この鍵が女神と言われてもそんなに不思議ではない。
「……鍵穴はどこに?」
隣にいたジェーンが質問した。
「さあ。それが分からんのだ。鍵のかかった部屋を私は知らないし、もしあったとしても先の地震で崩れてるかもしれない」
「なるほど。取り敢えず貰っておきます。ありがとうございます」
エリスは鍵をポケットにしまった。
「しかし、よく分かりませんね。僕がこの国に来たのはたまたまです。訪れない可能性だってあった。それなのに、ずっとこの国で条件を満たす者が来るのを待っていたわけですか」
「偶然ではない。鍵を持つ資格のある者はここへ導かれる。強い運命に手を引かれ、君達はここまで旅をしてきたのだ」
王宮を出て、エリスは空を見上げた。旅を始めた頃は青空に黒い穴がいくつかあったが、その青と黒の比率はすっかり逆転していた。真っ黒の空が所々青くなっている。
もうすぐ世界が終わる。エリスはその事実を肌で感じ取った。
三人は宿屋に泊まった。宿屋も簡素な建物だったが、エリスにはその方が落ち着けた。
夕食をとってシャワーを浴びて、ベッドに入る。エリスはすぐに眠りについた。
そしてエリスは、奇妙な夢を見た。
「ここ、ここを開けて」
声が聞こえる。目の前には扉がある。エリスは手を伸ばした。
エリスにはこの夢が、ちゃんと夢だと理解できていた。そんなことは今までなかった。
手がドアノブに触れる。夢なのに、冷たい感触が伝わる。
ガチャガチャ。
扉は開かない。エリスは扉をよく見た。
鍵穴がある。
エリスは理解した。
これだ。今日貰った鍵は、ここに使うための鍵なんだ。
ポケットに手を突っ込む。鍵を取り出し、鍵穴に入れる。
カチッ、と音がして鍵が回った。再びドアノブを握る。
扉が開いた。
「よ、久しぶり」
扉の向こうにはギャレットがいた。
「思ったよりすぐ会えたね」
「何の用だ」
「君が次の世界の創造主に選ばれた、という報告だ」
エリスは愕然とした。
「僕が創造主?」
「君が今日語ったあの仮説、あれは大体当たってる。平和な世界を目指していくつも世界が作られ、そのどれもが平和な世界になりきれず崩壊した。しかしその世界は一人の創造主が何度も何度も試行したんじゃない。滅びゆく世界の中から、次の創造主を選ぶのさ。この世界の次の世界の創造主は君。君が次の世界を作るんだ。思うままに、君の望む平和な世界をね」
ギャレットは歌うように流暢に話した。
「どうして僕なんだ? 僕が適役とは思えないんだけど」
「君が、この世界は滅ぶべきだと思ったからだ。この世界を平和と認めない君の中には、確かな平和についてのイメージが存在する。だったら君が自由に世界を作るべきだ」
「僕が……」
「やってみたら分かるんだけどさ、意外と難しいんだぜこれが。最初はみんな君みたいにギラギラした目でやってやるって感じなんだけどね。制約も多いし、後戻りできないし、なかなか大変なのさ。どう、やる?」
エリスは拳を握り締めた。
「やるよ」
「そう。決まりだね。君はこれから目が覚める。それがこの世界最後の一日だ。お別れは済ませておくといい」
エリスは目を覚ました。その隣にはジェーンがいる。
「あ、やっと起きた。いつもはもう起きてるのに、今日は遅いね」
「ああ……」
「どうして泣いてるの?」
ジェーンの指摘通り、エリスの目尻は湿っていた。一筋の涙が頬を伝う。
「夢を見たんだ」
「怖い夢?」
「いや、怖くない」
エリスとジェーンはキスをした。
「なんだか今日のエリス、別人みたい」
ジェーンの言葉に、エリスは心の中で同意した。次の世界の創造主という大役を任せられたのだ。そりゃ今までとは顔つきも変わってくるだろう。
「僕は成し遂げてみせる」
エリスは力強く呟いた。
そして世界は終わり、新しい世界が創造された。