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紙の町の魔女  作者: 倉沢トモエ


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ちいさな窓

 この数百年魔女が用いるきっかけを持たなかったわざのひとつに『切り紙の術』があった。ほんの子供だましであるからと謙遜し、頬を赤らめるのであるが、じじつ見た者が数百年もないともなれば、わたしのごとき人の子の身であれば、わずかな口伝にのみ知るはかなき幻のわざである。

 さてここに泣くわらべがおり、居合わせたのは魔女であった。わけも申さず、飴もいらぬととりつくしまがない。

 しかしそこで閉口せぬのが魔女である。


「あぶないからすこし離れておいでね」


 銀の小さな鋏は水鳥のかたちをしていた。その鋏がひとりでに、どこからともなく取り出された真白い紙のおもてを縦横無尽に動くのである。

 もしやこれが『切り紙の術』かと気もそぞろになったころ、水鳥の鋏は紙からみごとに大きな屋敷の絵を切り出していた。


「ごらん」


 切り絵の屋敷の門がひらき、われらを切り絵の花に満ちる庭園に誘った。

 切り絵の庭師から挨拶をされ、切り絵の家令が扉を開けた。

 切り絵の女中が切り絵の猫を追いかけて、その猫が童の目の前をゆき過ぎたときに、童は泣くのをやめて猫を追った。


「大丈夫なのですか」


 分別盛りの紳士の身でありながら、この切り紙の屋敷にうっとりととろける心地となったわたしは我に返り童のことを案じた。


「まあ、そこは、ほんの子供だましと申し上げたとおりなのですよ」


 魔女がすまなそうに申すそのこころをはかりかねるわたしに、切り紙の給仕が茶と菓子を運んできた。いずれも手の込んだ紙細工であった。


「こっちにおいで」


 童はちいさな窓際に切り紙の猫を追いつめて、えいやっと飛びかかったところ、猫はとん、と窓を押し開け、童もその後に続くように吸い込まれていった。


「まあ、この子ときたら、手を離すなとあれほど言い聞かせておきましたのに」


 ちいさな窓の先には若い母さまがおり、切り紙細工の猫を持った童を抱きとめた。


「ほら、子供だましであったことでしょう」


 若い母親が広場で先ほどから呼んでいたのは童の名であったらしい。

 それを聞いていながら気の利かないことに彼女を呼ばず、わざわざ回りくどく術など用いて童を泣き止ませることもなかったのだと、またもや魔女は頬を赤らめるのであった。

 すっかり『切り紙の術』に魅せられていたわたしは、かように魔女の照れるこころをまたもわかりかね、ともかく紳士らしく童とその母に会釈をし、


「気を付けておかえり」


 紙細工の茶碗と菓子を手渡しながら申したのである。

「カクヨム」さまの、お題で執筆!! 短編創作フェスというイベントの「帰る」テーマで参加した作品です。2025年1月12日公開でした。

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