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紙の町の魔女  作者: 倉沢トモエ


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鎖のついた書見台(三)


 第三話 森


 炭焼きの若者の忠告にしたがい、この日貸本屋はいつもよりも早じまいをし、天候の崩れをなるべく避けるために帰路を急いだ。日暮れよりだいぶ早く、町に戻ることができるはずだった。

「帳面はよく売れるよねえ、親方」

「みな、使うからなあ」

 学童たちはもちろん、村の暮らしは作物の育成やしきたりの日取りの話し合いなど、書き留めることが思いのほかある。

「炭焼きの兄ちゃん、また小屋でむずかしい図面を引いたりするつもりなんだぜ。学者だぜ。どうなってるんだろう」

 若者は、毎年炭焼き小屋にこもるときに帳面を二冊買うのである。

 一冊は炭焼き窯の記録用であるが、もう一冊は、こもる間に、貸本から書き写した趣味の幾何の問題を解くのであった。村の教場で読み書きと算術を習ったきりだったのだが、貸本で幾何の本を見つけてから夢中になったのである。

「こんなこともあるんだから、貸本の仕事も、面白いものだなあ」

「まったくだ。

 あっ」

 小僧は、やっかいそうな黒雲がわき出てきたのを見逃さなかった。

「親方、そろそろ合羽と毛布をひっかぶる頃合いですよ」

 まもなく粒の大きな雨がひとつふたつ落ちてきたかと思うと、土砂降りがやってきた。

 馬車をいくぶん雨脚が弱まる森の中へ避難させた。気温が下がり、小僧は毛布を出して合羽姿の親方に渡した。脂の強い毛の毛布なので、水をはじく。

 このまま、雨の勢いが弱まるのを待つことになるのだろうか。

「やれやれ。どこかいい場所があったらな」

 小僧は馬にも話しかけ、落ち着かせると、もっとよい雨のやり過ごし方はないものかとあたりを見回した。泉のそばなので、都の人間の別荘の屋敷や、木こりの仕事場があったはずだ。

 もっと早く、その見当をつけておくべきだった。小僧は少しだけ悔やんだ。親方も歳なので、長い間雨に打たせるわけにはいかない。

「待っていてください」

「おい、にわか雨だ。そのうち通り過ぎるから、待っていなさい」

 森の中に飛び出し、道に迷う方がおそろしいことを親方は十分に知っていた。毛布を広げ、小僧を隣に引き寄せていっしょに包まると、

「大丈夫。ここあたりは、魔女様のお力が届く土地だ」

 思いがけず、町で薬と茶を商っている魔女の名前が出た。

「あの、効くけれど苦い薬の」

「ここあたりでは、旅人についてきた狼もいつのまにか撒かれていなくなってしまうと聞く。安心して待っていなさい」

 そんなものだろうか、と、小僧は聞いていた。

 そして雨は、なかなか止まないのだった。


 毛布は雨を避けるのに、小僧が考えていた以上にすぐれていて、少しも寒くはなかったし、濡れも少なかった。

 雨脚も次第に弱ってきて、木洩れ日もさしてきた。

「ほら、もうじきだろう」

 親方が言ったそのとき、

「なんですかね」

 遠くから、おおい、おおい、と、呼びかける声がかすかに聞こえてきた。

「誰か、道を失ったのかも知れないな」

「おおい、おおい」

 すぐさま小僧は、その声に向けて大きく呼びかけた。

 道に迷ったのなら、こちらと合流したほうがよい。

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