2-1 ロムスカイ
【第二話 Hotel Heavenly】
「…ス…カイ…」
ロムは混乱したまま店内で立ち往生する。
見間違いではない。あんな目立つ人間はスカイ以外に有り得ない。スカイは父親がタイ人で母親が白人のハーフだが、より母親の形質を引き継いだと見え、金髪にほど近い鳶色の髪の毛とブルートパーズの瞳が彼のトレードマークであった。
はっとしたロムは咄嗟にセルフォンで写真アプリを起動すると、仲睦まじく歩くスカイと女子の二人を写真に納めた。
ロムの心臓は未だ煩いままだ。
(スカイ…お前にはダーオが居るじゃないか…一体なんで…)
考えた所でどうしようもない事をロムは考えざるを得ない。それほどまでに信じられない事実が、今ロムの目の前では起きている。
高校時代のスカイとダーオは幸せそうだった。スカイはダーオにベタ惚れで、ダーオもスカイの愛に包まれて幸せそうだった。
ロムにとっては喜ばしくない現実であっても、想い合う二人の関係は決して軽くはなかったはずだ。
進学で離れ離れになった二人。
ダーオは気丈に振る舞まって、スカイを信じて今もヘブン島で待っている。
(スカイ…ッ…だからお前は…ッ)
ロムの心の内に燻る、長年溜め込んだスカイへの感情がどす黒く変化してゆく。ロムの奥歯が噛み締められる。
ふと、ロムの手に持つセルフォンが鳴った。
「…ッ⁉」
目の前で起きた出来事を咀嚼中のロムは、セルフォンの音に心臓が飛び出るかと思った。煮えくり返りそうな血液をなんとか宥め、胸に手を当てて深呼吸をした。
画面に表示された電話の相手は父だった。こんな時に一体何の用だというのか。
「…はい?」
スカイは目を閉じて父に応答する。
今は何も視界に入れたくない。またスカイを見てしまうと、今度こそ正気では居られなくなりそうだ。心臓は未だ煩いままだ。
〈まだプーケットに居るか?〉
ロムの感情に反して、父は間の抜けた緊張感のない声色で訊ねてくる。きっと昼から酒でも呑んでいるに違いない。
〈まだ居るならペンキを買って来い。いいか、今時の若者が好みそうな色を買って来いよ!じゃあな、早く帰って来いよ!〉
ガイはそう言うとロムの異変に気付かずさっさと電話を切ってしまった。
無愛想な息子の口数が少しくらい減ったとて、まして今の電話でロムは相槌すら打っていなかったとて、気付けと言う方に無理がある。ロムは分かりづらい。
電話が切られた後もロムは暫くその場を動けなかった。
ロムが出来る事はたかが知れている。さきほど撮影した写真をダーオに見せる事だ。逆を返せばそれしか出来ない。
目を閉じているはずなのにスカイと女子の光景が目に焼き付いて離れない。
何故スカイは一カ月やそこらでダーオを裏切れるのだろうか。ダーオへの積年の想いを抱えたロムには全く理解の出来ぬ事だ。
ゆっくりと瞳を開けたロムは先程の交差点に目をやる。
スカイの姿は既に無く、古い型のトゥクトゥクが排気ガスを撒き散らしながら往来を走り去る。
ロムが今居るこの店と、外の世界で今しがた起きた出来事は、まるで異次元で起きたパラレルワールドみたいだ。
(…未だに信じられない…。スカイのダーオへ向ける愛情は腹が立つ反面、真摯なものだと思ってた…)
冷房の風がわざとらしくロムに吹き付ける。不快で人工的な風だ。
若い女性客が店内で立ち尽くすロムにぶつかり、怪訝そうな視線を向けた。外の景色が見られる特等席の前で、ロムのような一八〇センチはある体格の良い男が立ち尽くしていればただ邪魔なだけである。
(落ち着け…まずは落ち着け…)
再度深呼吸をしたロムはやっと店を出た。
スムージーとエアコンによって冷やされた体が、涼を一瞬で覆す南国の熱波に煽られる。海風如きでは緩和されないプーケットの人工的な暑さがロムの意識を遠のかせる。コンクリートジャングルのプーケットは、ヘブン島より体感三度は高いとロムは思う。
バンコクから来る旅行客は楽しそうに往来でシノポルトギースの街並みを背景に写真を撮っていた。彼らはプーケットで羽を休めるが、ロムに言わせれば都会から都会に来て彼らは一体何がしたいのか理解できない。
ロムは視界に入るすべてを呪ってしまいたい心持ちだ。
観光客の笑い声で、ロムはやっと現実に帰ってくる。
「…あ、肉」
自動車とバイクの排気ガスがロムに容赦なく吹き付けられる。観光客の笑顔が疎ましい。
スカイのダーオへの想いは嘘だったというのだろうか。二人の付き合ったきっかけはスカイの猛アタックだったのだ。まさかダーオが応じるはずは無いとタカを括っていたロムは、無惨にも恋の敗者に確定した。
昔からロムはスカイが嫌いだ。
それは二人が付き合うもっと以前からの感情ではあるが。
それでもダーオが笑顔でいられるならば、例えスカイであろうと仕方ないと必死に思ってきたのだ。
ロムは溜息を吐く。
頼まれている生鮮食品を買い出して帰らねばならない。
重たい足を引き摺って、ロムは借りた車の元に歩いて行った。容赦ない太陽の熱射がロムの心を弄ぶかの様にジリジリと燃える。
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