10-3
「でかい溜息だな!どうしたどうした」
「…いや、まさかそんな展開…それって、じゃあ俺がお前に猛アピールしてたら俺と付き合ってたって事じゃないのか…」
ダーオの愛情の出所がロムだと知っていたなら、ロムはダーオをスカイになど渡さなかった。
「確かに!お前がスカイみたいにグイグイ俺に好きオーラを出してたら、今頃違う未来だったかもな!」
人たらしの笑顔で笑うダーオは腹を抱える。ひとしきり笑った後で、煙草を取り出すと火種をつけて煙を夜の海に吐き出した。
「…でもさ、お前はグイグイ来なかったし、俺はお前の愛情に胡坐を掻いてた」
なるべくしてなった未来だ。全ての未来はそれに尽きる。あの時ああしていれば、そう言う後悔は先には立たない。人生は選択の連続だ。
先程振り向いたロムの唇に触れたダーオの唇。あれこそがダーオ自身の未来への選択だった。
「…ま、無口でむっつりなお前が、口説き文句でスカイみたいなアメリカハーフには敵わないさ」
そう言ってダーオは悪戯に笑う。
じとっとした瞳で見つめるロムとダーオの視線が絡み合う。ロムは無言でダーオの持つビール瓶を奪うと最後の一口を飲んでしまった。
「あぁっ…お前、最後の一口…!」
慌てるダーオがロムに抗議をしようとするのを躱し、ロムはダーオに口移しでビールを含ませた。注ぎきれないビールが口から溢れ、ダーオの顎から首筋に伝う。
「ッン…!」
炭酸は既に無い。
ビールと共にロムの舌がダーオの腔内に侵入し、二人は身体を密着させて互いの味を確かめ合った。
鼓動の高鳴りを感じる二人はお互いが同じ想いであることをついに知る。
そっと離した唇が名残惜しい。ロムにとっては何千もの夜に夢を見たダーオとのキスだった。
「…これくらい強引にいけばよかった」
ロムは後悔の表情を隠そうともしない。その様子が少しばかり幼くてダーオはつい笑ってしまった。どこか子供っぽいのがロムの本性だ。
「ははっ…、人生に“たらればもしも”はご法度だな」
ダーオの視線がロムの横顔を捉えた瞬間、ロムもまたダーオを捉えた。
互いの絡む視線は熱を帯びている。ロムの考えている事ならダーオにはすぐ分かる。何せ幼馴染で、ずっと一緒に居た。
今度は壊れものに触る様に、ロムはゆっくりとダーオの唇に自身の唇を押し当てた。キスと言うにはあまりに幼い触れ合いだった。
けれどダーオには分かっている。ロムが今、何を思ってこんなに優しいキスを自分に与えたのかを。
瞬く星達が徐々に姿を消してゆく。月は二人の逢瀬をしかと見届けた後にその姿を宙に溶かす。
生まれ変わった太陽が二人の背中から空を金色に染め、水面に反射する朝日が黄金色の橋を海に掛けた。
「…父さんの事、明け方に待っていればよかったのかもな…」
ダーオはふとそんな事を呟く。
数多の星達が父を翻弄する宵の時間ではなく、一つづつ星が消えてゆく明けの時間。この美しい朝焼けに輝く最後の煌めきたるダーオなら、きっと父は見つけてくれたのではないだろうか。
「…あぁ、まだ試してない方法があったか…」
ロムはダーオを横目で見て鼻で笑う。決して小馬鹿にするではないロムらしい笑い方だった。
「…後悔は先に立たないし、人生にたらればもしもはご法度だ。…なぁロム。今、俺が自分で言った言葉、心底その通りだと思えるよ…」
もう分かっていた父の死だった。けれど心のどこかで信じたくなかった父の死だった。今やっとダーオは父の死を心から納得して受け入れられた。
「…ほら、天国の階段だぞ、ロム。綺麗だな…」
地平線の向こうに顔を出す太陽は再生の象徴だ。雲の切間に神々しい光の道筋が伸びてゆく。
それは天国の名を戴くに相応しいこの島の光景だった。
短い命を燃やしながら昨日の太陽は水平線に溺れ、朝陽に生まれ変わると慈悲深く、あまねく全てを照らすのだ。
地に生けるものは全てが生命力に溢れ、恵みの雨が命を育む。波のきらめきの数だけ魚は泳ぎ、風はこの島に生きる愛しい全てを撫でてゆく。
何気なく美しい奇跡の数々が毎日起こる。それこそがヘブン島だ。
絶え間なく起こる奇跡に人は慣れてしまう。けれどそこにこそ価値を見出し、尊い自然の営みに揺られて生きる人生は極上である。
「…あぁ、綺麗だ」
ロムは愛しいダーオと眺めるこの景色を忘れないように、しっかりと目に焼き付ける。
叶わないと思っていた恋だった。始める前から諦めていた恋だった。
「…なぁ、ロム。好きだよ」
ダーオが唐突に言うので、ロムは眉を顰めてダーオを見つめる。耳を疑うロムは用心深い。何せ今、初めてダーオからはっきりとした意思表示の言葉が聴こえたからだ。本当にこれは夢ではないだろうか。現実に起こっている事なのか証拠を残すべく、セルフォンで録音をすべきだろうか。
「…いや、なんでそんな顰め面なんだよ!」
ダーオが笑う。ロムの事を知らぬ人間ならきっと、ロムの恋は成就しなかったと思うだろう。
けれどダーオはもう既にロムを知っている。分かり辛いその全てを。耐える人間だと言うことも、優しさの全ても。
「…良いのか?」
疑り深いロムはロマンティックの欠片も無い。あんな濃厚なキスをした癖ににまだ何かを疑っている。
「むっつりスケベなNongにムードを求めても…無理があるか」
ダーオは苦笑して不問にしてやる。ロムとの付き合いに何を今更背伸びをすることがあろうか。
「…スカイとはさ、ちゃんと昨日別れたんだ。ホントに、ちゃんと…」
いつかスカイと話した事があった。
もし二人のこの関係に終止符が打たれるとするならば、それは果たしてどちらから手を離すのだろう、と。スカイは泣そうな顔で話を逸らし、そんな話はしたくないと言った。ダーオはそんなスカイの鬣のような金髪をぐしぐしと撫で、「そんな事で泣くな、お前はいつまで経っても甘えっ子の泣き虫だな」と言って笑った。
(…あの頃の俺達に、恋の終焉は予見できなかった)
例えばお互いを傷つけ合って恨みながら別れるかも。
もしくはどちらかがどらちかを刺すかも。
或いは前が見えぬほどの涙に暮れて別の道を歩むかも。
スカイがこの話題をあまりに嫌がるものだから、ダーオはふざけて色んな可能性を上げて揶揄った。「もうやだよ」と臍を曲げるスカイにキスを与え、二人の喧嘩は終了する。スカイとダーオはそんなどこにでもいる幸せなカップルだったのだ。
「…なぁ、ロム。今度父さんに花を送りたい。海に流してあげるんだ。俺は元気でやってるって伝えたい。父さんも今は次の世を生きてる?って尋ねたい。…その時は一緒に泣いてくれるか?」
父の死を受け入れたダーオは、しかしふとした時に父がどうすればヘブンに還りつくか、その方法を思案してしまうだろう。いつかその癖が完全に無くなる時、ロムには変わらずそばに居て欲しいとダーオは願う。
ロムはダーオの言葉に暫く考えた後、「…俺は泣かないよ」と言った。
「なんだよ、薄情な奴だなぁ」
ダーオが拗ねた瞳でロムを見る。けれどすぐに微笑みを戻す。
ロムは風に吹かれて二人の足元に辿り着いたハイビスカスの花を拾うと、ダーオの耳にそっと挿した。ダーオの褐色の肌には赤いハイビスカスがよく映える。
「…俺は、お前の風になる」
ハイビスカスの赤色はロムの情熱であり、愛情だ。ダーオの耳元に飾られたハイビスカスが風に揺れた。
「お前が泣いたら…俺がお前の涙を乾かすから…」
たどたどしいロムの言葉は実直で、真摯にひたむきな愛情をダーオに向けるのだ。不意に語られたその言葉は、ダーオにとって思いがけず拾った宝石の欠片の様に光り輝く。
「…っそ…」
そんなのは卑怯だ。普段は寡黙で無表情のロムが唐突にそんな情熱を向けたなら、ダーオは心が熱を帯び、熱く燃えてしまう。
(そ…んな…真剣な…。お前はずっとその熱く真剣な眼差しで俺を見ていた…?)
ダーオは今抱いている自分の感情を上手く言葉に出来ない。
ただひたすらにロムの視線が真っすぐで、ダーオは目の前の不器用で朴訥な幼馴染の本心を知る。
何せ二人は幼馴染だ。
ロムの瞳を見るだけでダーオはロムが何を考えているのかわかってしまうのだから。二人はお互いに抱き締め合い、吹く風に身を任せながら互いの心音を確かめ合った。
ヘブン島の優しい潮騒が二人に福音を与えるように囁いた。
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