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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第九話 そして二人は】
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9-2

  2


プーケットの実家に帰省するスカイには覇気が無かった。

窓から見えるマジックアワーがスカイには物悲しく映ってしまう。夕焼けは人を寂しくさせる。

ダーオがスカイを拒絶したあの日から、スカイは生きる機軸を失っていた。


(…ダーオと僕に…まさか別れが訪れるだなんて…)


あの時の別れはまるでドラマみたいな綺麗な別れ方だった。ダーオは既に二人が別れた先を観ていたように思う。


(…では、僕は?)


ダーオの出した結論は覆せない。けれどスカイは信じたくない。二人が付き合い始めた幸せな時間を過去の物にはしたくない。


(…僕はまだダーオに言ってない事がある…)


そもそも何故ミアと浮気をしたのか、その理由を説明すればダーオは分かってくれるだろうか。それとも詰るだろうか。同情するだろうか。…納得するだろうか。


(…そう言う事なら仕方がない…って、いつもみたいにあの笑顔でダーオは僕を許してくれるかな…)


父の顔色を伺いながら生きるスカイを肯定してくれたのはダーオだった。父親の期待に応える事を第一に考えるスカイをダーオは支えてくれた。


(ダーオの支えが無いと、僕は…僕は生きていけない…。誰が僕を弱いと詰ってもいい。ミアとの事はきっぱり手を切って、ダーオだけを見ると誓う。…こんな気持ちはもう御免だ…)


ミアには悪い事をした。別れようとしながらもずるずると関係を間延びさせてしまった。

ダーオを失って初めていかに彼がスカイの人格の主軸に居たかが分かる。ダーオこそがスカイの全てだったのだ。


「…行かなきゃ…」


スカイは車のキーを握り締めると部屋を出る。

プーケットの新しい家は実家と言えど住み慣れず、寮から時折実家に泊まる際に宛がわれた自分の部屋には特に思い出も無い。スカイの故郷はやはりヘブン島のダーオに帰結する。

よそよそしいばかりの部屋を後にしたスカイは廊下の途中でふいに父に呼び止められた。


「…スカイ」


ぎくりとしたスカイは立ち止まらざるを得ない。父の言葉には怒気が含まれていた。父のそんな声を聴くとスカイは途端に心臓がぎゅっと鷲掴みされ、その拍子に血の気が一気に身体中に拡散されてしまう感覚を覚えるのだ。


「…父さん、何ですか?」


父と話す時のスカイは幼い頃からの刷り込みによる緊張から腔内の水分が枯渇する。喉がからからだ。


「ヘブンに行くのか?」

「…っ…」


父親が非難めいた口調でスカイを詰問するので、スカイは喉から閊えた言葉を表に出せない。


「今からヘブン島に行くのかと聴いている。こんな時間に何をしに行く」


父の表情は、スカイがこれからどこで何をしようとしているのかがよく分かっている風だった。


「…ぁ」

「ジーンさんの倅に会いに行くつもりか」


ジーンとはダーオの母の名前だ。ヘブン島のリゾートで清掃婦として働いている。


「…まだ別れてないのか」


父はこれ見よがしに溜息をつくと、がっかりとした瞳でスカイを見つめた。

道を踏み外そうとしている息子に心底うんざりしている様子が見て取れた。スカイは金縛りにあったように何も言えなくなってしまう。


「母さんの事を考えたか?お前は母さんが心労で死んでも良いと思っているのか?」


スカイはそんな事は思っていない。思った事が無い。けれど父の怒気にスカイは口が挟めない。


「そんな薄情な息子だとは思わなかった。いいか、スカイ。ハッキリと言わせて貰う。お前のその歪な性趣向を今すぐ改めろ。気持ちが悪い」


父は唾棄するが如く本心からスカイにその言葉を吐いた。スカイの意識は靄に包まれてしまう。目の前が真っ白だ。


「お前がこの家を出てジーンさんの倅の元に行くなら、もう金輪際ここには帰って来るな。そんな気持ちの悪い息子は要らない」


スカイはまだ機能する脳の一部でぼんやりと考える。

もしあの時ミアと身体を繋げる事が出来なかったとして、ダーオにしか感情も身体も動かないと父に告げたならどうなっていただろう。きっと同性愛に理解の無い父親だとて息子の事を理解してくれると考えていた。

けれど今しがたスカイに向けられた父親の嫌悪の表情を見ると、スカイは自分の行為がただの空回りであり、徒労である事を知る。


(…僕は、例えどんなに家業を成功させても…父さんにとってその横に居るのがダーオである限りは、認められない存在なんだ…)


何故こんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。

父の思う人生は安定の道で、そのレールに乗るならば最大限の庇護を受けられる。しかしレールの進行方向はスカイに任せてはもらえない。進む道はいつだって父の意のままだ。


(父の望む人生に、僕の人格は必要ない)


父親が好きなのは都合のいい操り人形であって、一つの人格としてスカイを好きでいてくれた事など無かった。母だってそうだ。条件付きの愛情しか貰えなかったスカイの足元が崩れてゆく。


「…スカイ。お前がジーンさんの倅に会いに行くのが許されるのは別れ話をしに行く時だけだ。もしお前がそこまで大きく育ってなきゃ部屋に閉じ込めておくところだ。恥知らずめ、良いか。自分の愚かな選択を悔い改めろ。非生産的な事はするな」

「…」

「返事はどうした」

「…………はい」


スカイの従順な返事に、振り上げた言葉の刃を収めた父は悩ましい溜息を吐いてスカイを一瞥すると部屋に戻って行った。父は去り際に自室の扉を開けると立ち止まり、部屋には入らずスカイを睨め付ける。


「…もしお前が今からヘブンに行くのなら、それは別れ話をしに行ったと思っておく。いいな?次にまた突然用も無くヘブンに行く事があれば、その時はお前をこのホントンの家には踏み入らせない。学費は打ち切る。親子の縁も切る。学歴も職歴も無いまま地べたを這いずる覚悟をしておけ。後ろ盾のない人生がいかに苦痛に満ちたものか、今一度考えろ」


スカイは父の言葉に足が竦む。

二極化が当たり前のこの国で、圧倒的支配層に居たスカイには想像できない未来だ。

何も持たないスカイと言う人間。親の言いなりである情けないスカイ。親の後ろ盾を無くした「自分」は、果たして魅力のある人間だろうか。


(…保身の為に軽率な手段を取った愚かな僕に、果たしてもう一度ダーオは振り向いてくれるだろうか…)


ふとロムが鼻で笑った気がした。「そんな事を思っている内はダーオは振り向かない」。そんな事を言われたような気がした。ただの錯覚だがスカイには致命傷を負わせるに十分だった。

スカイはロムが嫌いだ。ロムはスカイが出来ない事を何でもやってのけてしまう。無口な癖に、ダーオの隣に佇むだけでダーオはぱっと花が咲いた様に笑顔になる。ダーオが欲しいなら欲しいと言えば良いのに、自己主張をせず頑なにダーオの笑顔を守るロムのその姿勢はまるで屈強な岩の様であった。

例え川の水が氾濫しても、ロムは岩の心でダーオを水の流れから守るのだ。

ダーオはロムに寄り掛かる。背中を向けているから気付きもしない。ロムのそのひた向きな慈愛の視線を。


(僕はね、ダーオ…ダーオをずっと見て来た。ダーオが腰かけている元にいるロムの視線も、ずっと…)


生活環境が真逆なスカイとロムだ。

経営難に陥るモーテルを経営する父を持つロム、片や世界有数のリゾート施設を展開する一族の分家を担う父を持つスカイ。

ロムは何も持っていない。富も、名声も、学も、何も無い。ロムにある物は純粋なダーオへの慕情だけなのだ。ロムは身一つでダーオを想い続ける。ダーオに差し出せるものはそのひたむきな感情以外に何もない。ブルートパーズの海の飛沫に似た宝石も、剥いたマンゴーよりも艶めく黄金も、ロムには持ち得ない。主張する事が無い。

ただそこにあるのはダーオの幸せを願う純粋な愛情だけなのだ。

スカイはダーオ越しにロムの想いを常に見せつけられてきた。そんな瞳でダーオを見るなと叫びたかった。いつかダーオがその視線に気付いた時、スカイはロムからダーオを奪い切れるか自信が無かったからだ。

ダーオに与えられるばかりの自分。それを補うロム。ダーオの愛情の源泉にはロムが居る。だからスカイはロムが嫌いだった。


(…ぃ…行かなきゃ…)


ダーオがロムのそのひた向きな視線に気付いてしまう前に、スカイはダーオを取り戻しに行かなければいけない。取り戻した後の事を考える余裕は生憎無かった。父はスカイに、もしヘブンに行くならば別れ話をして来いと言った。


(冗談じゃない…別れ話なんかもう二度としたくない…‼ロムとだけは一緒になって欲しくない…ダーオは、ずっと僕の物なんだ…)


スカイは利己的なこの感情を自覚しながらも、どうしてもその考えを手放す事が出来ないまま桟橋に向かう。

遊びの恋ではなかったからだ。終わりを想定した恋じゃなかったからだ。


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