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【第九話 そして二人は】
夕暮れ時のこの時間、相変わらずロムは秘密の砂浜でダーオを待っていた。
ダーオはそんなロムの背中に声を掛ける。
「おっつ!Nong、なぁ、花火やろうぜ」
そう言って、袋にぞんざいに入れてある花火をロムに見せた。
「…そんなものどこで売ってた?」
「市場のおばちゃんがくれた。この前孫が来たんだってさ。それの余ったヤツ」
「あぁ…」
相槌を打ったロムはポケットに入ったライターを取り出すと、打ち上げられて乾燥した手頃な流木に火を点けた。
いそいそと花火の一本を手に取るダーオは早速点火する。
煙を立ち昇らせながら勢いよく噴出する火花と硝煙の匂いがダーオの目に染みた。
「…なぁ、ロム!花火ってさ、水の中でも出来るんだぜ」
ダーオの言葉にロムは訝しげな顔をする。
「まじだって!見ててみ?」
そう言うとダーオは浅瀬に足首まで浸かると、噴出する花火の先を海水に浸す。消えるかと思いきやそのまま燃え続ける花火に、ロムは喉の奥で「おお」とくぐもった音を出した。
「驚くならもっとちゃんと驚けって!」
ダーオは笑いながら涙を堪えていた。
煙がいけない。目に染みるからいけない。
ロムがダーオの涙に気付かない筈が無い。ロムはダーオをずっと見て来た。
ダーオはスカイとの恋の終焉を迎え、涙がつい流れそうになる。何か言い訳を考えなければいけない。
「…煙が目に染みるな」
ダーオの言葉には寂しさとも取れる含みがあった。
「…あぁ」
相変わらずロムは何も言わずに付き合ってくれる。
ダーオはそんなロムの不器用な優しさに救われる。
(…どうした?とか、お前は俺に聴かないんだ。無理やり聴かない。…ずっと寄り添ってくれてたのにな…)
ダーオはロムの分かり辛い愛情に気付かぬまま今までを過ごして来た自分を知る。気付けぬ程に当たり前で静かな愛情で、ロムはさりげなくダーオを支えてくれていた。それはダーオにとってあって当たり前の空気であり、水であった。ダーオにとってロムとはそう言う存在だ。
ダーオの頬を伝う雫がマジックアワー時の夕陽に照らされてきらりと光る。
(…ダーオの…涙…)
ロムはダーオの涙を拭ってやりたい。
衝動的に手が動く。人差し指に移したダーオの涙は一つの雫の塊としてロムの指先に光る。ダーオの頬に流れる前に拭えてよかったとロムは安堵した。
足元の波は優しくダーオとロムを撫でるのだ。二人の足の甲に揺れる砂はさらさらと踊る。死する太陽に反射する水面の輝きが美しかった。
「…なぁ、お前なんで何も聞かないんだよ…気にならない?…俺とスカイの事…」
ダーオの言葉にロムは表情を変えぬまま、それでも少しばかり思案した後にこう言った。
「…待つのは得意だから」
ダーオが待つことに慣れているのなら、ロムだって同じだ。
何なら一生叶わなくても良いと思っていた。ダーオが笑顔でいるならばその手段は厭わない。詭弁であろうと、これこそがロムの愛情の示し方だった。
ダーオは少しの矛盾に笑う。
「…強姦しておきながらか?」
ロムが吹き出す。まさかここでそれを言われるとは思わなかった。ばつが悪くなったロムの顔に感情が現れた。ロムの無表情を崩したダーオは、ははは、と力なく笑った後でロムをじっと見つめる。
「…スカイと別れたよ」
「…!」
「何日前かな。あっけないもんだよな…。高二からの付き合いだろ?だから…二年間?うわ、数字にするとさらに軽く感じる…」
ダーオはおどけて見せる。
「高校時代はさ、無責任に想い合えた。お互いの進路とかそう言うの全く関係なくさ。打算とか計算とか、そう言うのも無かった。俺はただ純粋にアイツが好きだったんだ…」
「…あぁ」
ロムはダーオのひたむきな想いを知っている。横恋慕したロムではあるが、ダーオがスカイを想う気持ちに嘘はなかった。
「これが大人になるってヤツ?…方向性の違いだ」
「…バンドの解散理由かよ」
ロムが予想外に突っ込んできたのでダーオは吹き出す。
ロムはダーオが落ち着くのを見守って、ダーオを見据えた。
「…お前が好きだよ」
その言葉はダーオの身体に染み込んでゆく。
「…ありがとな」
ダーオの足元に及ぶ波間の泡沫がぷちぷちと弾ける。
既にダーオの手に持つ花火は消えてしまって久しい。もう一本を取りに戻るダーオの足の裏に白い砂が纏われる。
踏みしめる毎に崩れる足元はおぼつかない。やっと辿り着いた火元の傍の花火を一本だけ取り出すと、そっと火種に花火の火薬の先を近づけた。花火はシュッと音を立てて点火し、儚い火花を散らして燃えてゆく。
(なぁスカイ。俺たちの恋も、こんな呆気なかったって事なのかな…)
一瞬のうちに燃え上がり、すぐに消えゆく花火の様な恋だっただろうか。ダーオは決してそうではなかったと思いたい。
ほんの二年の出来事だったかもしれないが、自分なりにスカイを想った二年だった。終わりを想像した恋ではなかった。永遠を希望した恋だった。
「…なぁ、ロム。お前の気持ちは嬉しいけどさ…」
ダーオはロムの言葉を受け入れることが出来ない。
「…この流れでお前の告白をOKしたら…俺、超ビッチじゃん」
言葉は敢えて軽い物を選んだ。
「…そんな事」
「あるって!だって考えてもみろよ?彼氏と別れたその日のうちに新たな彼氏が出来るって、それ絶対前から出来てたやつのアレだろ!クソビッチじゃん!よくある爛れた恋愛じゃん!」
ダーオは笑いながら花火が逝くのを見送った。
ロムは煙草を吸い始める。
焚火の煙と花火の硝煙、それに煙草の副流煙が頭上で混ざって、二人の目に少し染みた。
「…だからさ、保留」
ダーオが言う。ロムの愛情は疑うべくもない。きっと本心から想ってくれていることをダーオは知っている。けれどそのロムの優しさを利用するようで、すぐに告白の返事に応じることはできなかった。
ロムは無言で煙草を吸い続ける。
気まずい沈黙ではないけれど、お互いが今何を思っているのかがわかるからこそ何も言えない沈黙だった。
ダーオは夕暮れ時の海を眺めながら太陽を見送った。
「…どんなに開発が進んでも、このヘブンの自然だけは残して欲しいよな。せめてこの砂浜だけでもさ…」
父を待ち続けた砂浜。ダーオとロムの、二人だけの秘密の場所。
成長を続けなければいけない資本主義社会に組み込まれてしまったヘブン島もまた、ゆっくりとではあるが確実に変化を強いられる。変わることを恐れ、子供の様に駄々をこねる時は終わってしまった。
けれどダーオは願わずにはいられない。
この天国の様な島の美しさが少しでも残ればいい。
青と紫、それにピンク色が入り混じるマジックアワーの幻想的な色彩を醸す空の下で、二人は煙にあおられる。片手で煙草を吸い続けるロムがもう片方の手で新たに点火した火花を、二人は無言で見つめた。
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