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【第八話 変わらないもの、移ろうもの】
黄昏時の内海は珍しく良いコンディションだった。
スコール後に風が止み、鏡面の様な水面が美しい。まるで奇跡の様な祝福された時間だ。こんな機会はそうない。
秘密の砂浜にたった今着いたダーオは、慌てて着ていた服を脱ぎ始める。下着一枚になると、立てかけていたサーフボードを海に浮かべて沖に向かいパドリングをした。
(この一回だけ)
オレンジ色の夕焼けが褐色の肢体に同化しようとダーオを染め上げる。鏡面の水面に反射する夕陽の光は遥か遠く水平線の向こうまで及び、美しい島に優しく太陽の死を、または一日の終わりをそっと教える。
丁度来た三角波に合わせてライディングの姿勢を取ったダーオはタイミングよく一発で波に乗れた。
ふいに吹く風がダーオを包み、まるでダーオの背中を押してどこまでも連れて行ってくれるような錯覚を覚えた。水平線のその先に居る父の元にまでも…。
足元のバランスが崩れ、ダーオは海にワイプアウトする。
水面に顔を出したダーオは顔を拭い、サーフボードを掴むと陸に向かってゆっくりと歩き出す。緩くウェーブがかった髪の毛は海水で束となり滴を滴らせていた。腰程の深さの海は透き通り、南国の華やかな魚影が散らついた。彼らもそろそろ家に帰る時間だろうか。
椰子の木の並木の下に散るハイビスカスは太陽の化身だ。その身に光の寵愛を一身に受けて真っ赤に燃える。一日ごとに死するのもまた太陽と同じである。
「…あ」
ダーオは見つけてしまう。岸に戻る途中、椰子の木の並木の下、ハイビスカス達の合間から現れたのはロムだった。
ダーオはやっとここに戻ってきてくれたロムの姿に心底安堵する。ロムは暫くこの砂浜を避けていたからだ。
「ロム!」
浅瀬に向かうにつれて浮力は無くなり、ダーオは自重を感じながら歩かねばならなくなる。小脇に抱えたサーフボードをロムに渡すが、ロムは相変わらず無表情だった。
(…でも、分かる。ロム、お前が今言いそうな事。…きっと)
ダーオの瞳を優しく伺うロムは、ゆっくりと口を開く。
「…大丈夫か?」
思っていた通りのセリフがロムの口から飛び出た事に、ダーオは人たらしの笑顔で柔らかく笑う。やはりロムはロムだ。ダーオの知っているロムだった。
「ははっ…その大丈夫は何に対して?俺のケツか?」
そんな冗談を言うダーオにロムは呆れた顔で首を振る。
まさにそれこそを心配しているが、緊張感の無い発言は物事を軽くしてしまう。ダーオがスカイから受けた行為は暴力であったのに。
(…俺が与えた行為をもまた、暴力だった…)
ダーオは夕陽に背を向けて空を見上げる。今日もまた変わらない一番星が瞬き始めた。
ふとため息をつくダーオは砂浜の上に座ってしまう。波打ち際につけた足跡は一瞬の内に波に消されてしまった。
「…お前が薬を塗ってくれたから治りが早いよ」
ダーオはロムの顔を見ずに言う。
(ロムが居てくれるこの安心感…お前が隣に居てくれて心底落ち着く。…これって、一体何なんだろうな…)
ダーオは自身の感情を見つめるけれど、答えはまだ出ない。
変わらない物達に囲まれて生きてきたダーオは自身の心境の変化に少しばかり疎いのかもしれない。
ダーオと視線が合わないロムだったが、ダーオの声が穏やかだったので安心する。
「…なら、良かった」
ロムはそれだけ言うと、最後の煌めきとばかりにきらきらと輝く水面を見つめた。太陽は既に溺れる寸前だ。
ダーオは一番星を眺めながら、ロムとダーオの二人にしか作れない静かで優しい時間を紡ぎ合いながら、お互いの傷を癒し合いたいと思った。
身体を寄せったり互いのどこかに触れ合ったりする必要は無い。この美しい島の自然に囲まれた優しい時間が、二人の疲弊した精神をゆっくりと癒してくれる。
昔から二人は幾度と無くこういう時間を共有してきたのだ。
「…約束」
ふいにロムが口を開く。
「…約束?」
ダーオが聞き返す。
ロムはダーオの瞳を眺め、ゆっくりと語り掛ける。
「…ダーオ、約束。覚えてるか?」
二人の約束。それは二人が共有する思い出の中にある。
「…あぁ、忘れるはずが無いよ」
父親の帰りを待ち続けたこの砂浜で、二人は他愛の無い秘密の約束を交わし合った。
『寂しさは分け合おう』
小学一年生の幼い二人には圧し潰されそうな程の悲しみが与えられた。
天は無情だ。人知の及ばぬ存在は時に人を試す。地上に生きるちっぽけで哀れな幼い二人だった。とりわけ悲しみに暮れるダーオを眺めていたロムは、ダーオがこの悲しみを乗り越える為の知恵を出さなければいけなかった。
1+1=2。
では、1を半分にすればどうだろう。
ロムの提案に幼いダーオは不思議な顔をした。
1を半分にしたならば、半分足す半分で1になる。もう一つの1はどこにいく?半分足す半分は1であり、2にはなれない。
幼いロムは鼻で笑いながらこんな事を言う。
「もし俺が悲しい目に遭ったら、その時は俺の半分をお前が持ってよ」
幼いダーオは理解できない。
「…でも、ロム。結局悲しみは1になるじゃないか」
ダーオの言葉にロムはまたもや鼻で笑った。けれど、馬鹿にしている訳じゃない。それがロムの笑い方の癖だったし、ダーオはそれを既に知っていた。
「違うよ、ダーオ。馬鹿だな。俺の悲しみが半分、お前の悲しみが半分。俺の悲しみは半分だけ悲しめばいい。残りの半分はお前に預ける。お前も半分だけ悲しめばいい。後の半分は俺のものだ」
「…よくわからない」
「仕方のないダーオめ、よく聞けよ?一つまるまるの悲しみがあったら、そればっかり考えなきゃいけなくなる。でも半分こにすれば、自分の悲しみは半分だけ考えるんだ。そして今度は交換したお互いの悲しみを考えればいい。俺はお前の悲しみを半分貰ったから、俺は半分だけお前の悲しみを悲しむよ。もし俺に悲しい事があれば半分貰ってくれるか?」
ダーオは必死にロムの言葉を咀嚼する。
「…ちょっとわかってきたかも」
「だろ?」
幼い子供の足りない語彙力の中で、ロムはダーオに必死に寄り添った。
ダーオの悲しみを0.5づつに分けて、一つはダーオに。一つはロムに。そうすれば悲しみにばかり浸らなくて済む。ロムはそう言いたかった。
ロムは子供ながらに、大人達が言う諦めの言葉を聴きたくないダーオの気持ちが理解できた。
大人は浅はかだ。
無駄な期待を持たせない様に、ダーオが未来へ歩める様に、良かれと思って「お父さんはもう戻ってこない」と言うのだから。そして形式だけの葬式を済ませてしまうのだから。
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