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【第七話 星の守り人】
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その日、ダーオは久しぶりにプーケットに居た。
プーケットはスカイとデートをした日以来だ。
陽炎湧き立つ舗装された道路に行き交う車の往来を掻い潜り、向かった先はシノポルトギースのレトロな街並みの中心街だった。
「…ここも久々だな」
スカイとのデートでは実現しなかった街中のウィンドウショッピング。観光客達は特徴的な街並みを背景に、思い思いのポーズを取って写真撮影に夢中だった。
高校時代はよく五人で乗船迄の待ち時間にこの街に来ていた。カフェで勉強道具を広げるが、スカイ以外は特にその先の進学を考えていなかったからお気楽なもので、皆が緩慢な青春時代の贅沢な時間を永遠のものと錯覚して甘受していた。
セルフォンを弄り、何くれとなくバズっている動画サイトを見せ合い笑い合う。
幼い頃の力関係を引き摺りながら、大人になる為の諦めも身に付け始めたあの頃はもはや遠い。
あの頃も相変わらずロムとスカイは水面下でお互いを認めていなくて、五人で居るから保てた仲も、二人きりで何かを話すと言う事はダーオの記憶する限り一回も無かった。
ジョジョとガンが時折キツイ冗談を言うが、一朝一夕の仲ではない五人はいつもの事だと片目を瞑って流すのが予定調和であった。
永遠にも似た無責任な時代を、五人は確かに共有していたのだ。
ほんの数か月前迄の出来事。けれど、もうあの時代には戻れない。
シノポルトギースのレトロな街並みはダーオの青春時代を飾る代名詞である。
「…暑…」
日光の照り返しはダーオの体力を奪う。ただでさえ陽のある内に活動するだなんて、ここ最近はしていなかった。
土の道ならばここまで蓄温もせぬだろう。しかしここはタイ南部の一大観光地である。舗装された道路は灼熱で、足元から登る地熱にダーオは眩暈にも似たふらつきを覚える。
(…俺にはヘブンを出る選択肢が無い)
例えスカイがこの島を共に出ようと言ったとしても、ダーオにはヘブンを棄てる想像ができなかった。
かつて父の帰りを待ち詫びた故郷の島を棄てる?今は母と二人で、父の面影を感じる潮騒に抱かれて暮らしている。ヘブンを棄てるだなんて、それは考えもしない未来だ。
もしかすると高校時代のあの頃、スカイに感じた「永遠」は錯覚だったのかもしれない。
(俺はヘブンで死ぬ自分を想像できる。それ以外の場所で死ぬ自分は生憎イメージが湧かない…。来世も人間に生まれ変われるのなら、俺は迷わずヘブンに産まれたいと願うだろう。それはつまり、俺はヘブンに永遠を感じてるんだ。…ではスカイには?死に際にスカイの姿はそこにあるか?例えばジジイになっても…)
エメラルドグリーンの海に抱かれながら、何をするでもなく夕陽を見つめる未来の己の姿に、その隣でほんの少しだけ口角を上げて不器用に笑うのは…。ふと脳裏をよぎる人物の残像をダーオは追わない。
(…はぁ、うだうだ悩んでいても仕方がない。今日はハッキリさせたい)
ヘブン島で独り悩んだところで解決する事は何もない。
ロムは相変わらず何を考えているのか分からないし、スカイの気持ちを勝手に推し量った所でそれは正解ではない。
★
かつて幼馴染五人が足繁く通ったカフェは、ある一つの交差点から程近いレトロ建築のリノベーションカフェだった。
久しぶりに向かったそのカフェで、ダーオは冷たいスイカのシェイクを頼む。
席に着いてシェイクを口に含むと、じゃりっとした氷が腔内に広がった。一気に二、三口飲み込む。喉を抜けて食道の形が分かるくらいに冷たかった。ホッと一息ついたダーオはガラス張りの店内から外を眺める。冷房が心地良い。
ひっきりなしに通る車の流れに慌ただしさを感じるダーオは、ふとセルフォンを取り出してメッセージアプリからスカイのアイコンをタップした。
(アイツをここに呼び出して、今日こそハッキリと…)
ダーオはセルフォンに耳を宛がい、響くコール音に心臓が鷲掴まれる感覚だ。かつてのスカイは三コール以内で出てくれた。
目を瞑ったダーオは溜息を付く。
思えば三コールも履行されなくなって久しい。四コールが鳴った所で、もう一度溜息を付きながら目を開いたダーオは己の目を疑った。
「…なっ…」
店のガラス張りの先に見える交差点にはスカイが居たからだ。
白人の観光客が多いこの島で、それでも彼らに紛れる事の無いスカイは精悍だ。鬣の様な金髪を靡かせて、アイロンがぴしっとかかった白いYシャツの清潔感をほしいままに、颯爽と歩く彼の隣には可憐な女性がぴったりとくっついていた。
彼らは一つのドリンクをシェアしており、スカイが彼女に時折飲ませてやる。彼女は幸せそうに微笑み、仲睦まじい彼らの姿を誰もがお似合いのカップルと評するであろう。
(…あぁ…そうか…)
ダーオはその都会的なカップルに納得してしまう。決定的な、例えばキスをしていた訳では無い。けれどダーオには分かる。スカイがその密着する距離を許す相手に出会った。そのたった一つの事実だけでダーオには充分だった。
鳴り響くコール音を止める気力は残っておらず、ダーオはセルフォンを持っていた手をだらんと下げるしかない。
なかなか切れない電話のバイブレーションに、スカイは尻ポケットから自身のセルフォンを取り出すと、一瞬だけ躊躇したのち電話を切ってしまった。
(…あぁ…)
ダーオは見てしまった。自分の着信を敢えて取らなかったスカイの姿を。その隣に女性の存在を許すスカイを。
(…確定的だ)
きっと今までもそうやってスカイはダーオの着信を意図的に遮断したのだ。
でも、責められない。お互いの脛には傷がある。
島にいる限りは逃げられぬ狭い交友関係。会う人全員が知り合いである安心感。与えられた役割は時に息苦しく、窮屈であった。けれども都会の様な変化を求められない安穏とした日々は確かに居心地が良かった。
(俺は島を出る気はない。…でもお前にあの島は狭すぎる。…そんな大きな体であの島はさぞ窮屈だっただろう…)
もうあの頃には戻れない。スカイがダーオに頼り、縋る時代は戻らない。ヘブンを出てホントンを背負うスカイの変化をダーオは責められない。恨めない。
★
秘密の砂浜の水平線に太陽が溺れ始める時が、いつもダーオとロムの二人だけの時間の始まりだった。
プーケットから戻ったダーオは独り砂浜で蛍光色に輝く太陽を眺めていた。そろそろ一番星が姿を現すというのに、ロムは未だ砂浜に現れないままだ。
ダーオはロムに尋ねたい。
つまり、スカイを送迎した時の事をだ。いつも集荷は前日までに済まして翌日の朝一便で出発するロムが、あの日はスカイを避けて船をやり過ごした。そればかりかダーオの目もしっかりとは見ずに去ってしまった。
(あの態度は何だよ、まったく…)
海に溺れる太陽が水平線に架ける橋は燃えるが如く真っ赤で、渡ると火傷をしてしまいそうだ。波間に反射した光がきらきらと輝き、太陽との暫しの別れを惜しむのだ。首元まで溺れる太陽を見下ろす星の一つが姿を現し、縮まらぬ互いの距離に泣いている。
(…何で来ないんだよ、ロム)
いよいよ太陽に別れを告げる時が来た。また明日までの辛抱だと見送る星達、淡い月。太陽が最後に映した真っ赤な色はハイビスカスだ。死する己の意志を託すかの如く、ハイビスカスを熱く焦がして照らすのだ。
(…来いよ、ロム。…お前にスカイの話を聴いて欲しかった…)
母に話せる訳も無い。ジョジョやガンに話しても茶化されるのが落ちである。
ダーオはロムに話を聴いて欲しかった。無口で不愛想なロムの隣で、彼の時折の相槌を誘い水として。
(…まさかお前、ホントに来ない気かよ)
ダーオはぽっかりと開いた胸の内を手で支えながらなんとか立ち上がる。
ぽとりと堕ちたハイビスカスの花々を踏みつけて原付バイクに乗ると、カオムーへと出勤した。
ダーオの感情は常にロムの件とスカイの件で目まぐるしく揺れ動き、それらを独りきりで抱えるダーオは勤務を終えたムーカオからの帰宅後もそのことで頭が一杯だった。
(アイツ、店にも来ないなんて…)
誰にも心情を吐露できぬ夜がこれから幾夜も続く事をダーオは知らない。
今日がその一日目である事などダーオは露知らぬのだ。
当たり前のようにいたロムの存在を無闇に消費していたダーオには。
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