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ダーオは、なかなかストレスフルな状況に置かれていた。自室の電気をつける気力も無い。
昨日はスカイと感情の噛み合わない電話をした。今日も今日とて腹が立つ。ロムと一度も顔を合わさないだなんて、敢えてロムがダーオを避けているのに他ならない。
(くそっ…スカイとは歯車が噛み合わない…ロムは訳が分かんない…今日だってあいつは砂浜にも来ない)
昨日は母が泊まって行けと気を遣ったのにロムは逃げる様に帰って行った。
(信じられない選択だ。俺ならケリをつけたいと思うけどな!)
どうやらロムはその限りでは無かったようだ。
有耶無耶にするから会いづらくなる。ダーオを好きだと言うなら、この状況は果たしてロムの望んだ状況なのだろうか?
(…せいせいするよ!)
そうは思うが、ロムが来ないなら来ないで腹が立つ自分も居る。ロムの事など気にしていないと思えば思う程、ロムの事が気になってしまう。
一体どういうつもりなのか、今ロムはどんな気持ちなのかダーオは知りたい。何せロムはカオムーにも顔を出さなかったのだ。もう二度とダーオの前に顔を出さないつもりだろうか。
(もしそうなら俺がお前の前に無理矢理でも行ってやる!中途半端な事するんじゃねぇ!ってしばいてやる…それで…)
それで…また元の二人に戻りたい。
(アイツの隣は居心地が良い…)
それはダーオだって認めざるを得ない。幼馴染の阿吽の呼吸が二人にはあるし、ダーオにとってロムは切っても切り離せない恩人だ。
(…恩人、なんてもんじゃない。父さんを待つ当て所ない時間を共に耐えてくれた。アイツは恩人なんて言葉じゃ済まない…)
だからだろうか。ダーオはロムにもっと怒っていい筈なのに、その怒りの臨界点は遥か先にある。ロムがダーオにやっている事は最低だ。
(無理矢理ヤっといて、今は無視…って、アイツヤベェ奴じゃん…チンコ切り落としてやろうか)
一体ロムに何をされたら臨界点に到達するだろう。母をロムに殺されるでもしない限りダーオはロムを嫌いになれない。ロムを嫌いになりたくない。
(そんなヤベェ奴と縁を切りたいって思えない俺も…)
ロムと同じくらいヤベェ奴だ。
「はぁ…」
溜息を付いて視線を落とした先にあるセルフォンが鳴る。薄暗い室内だが、画面の灯りが所在を主張するのですぐに知れた。着信の相手はスカイだった。
「…ッ…」
一瞬戸惑ったのち、ダーオは全身の筋肉を緊張させて電話に出る。
「…どうした?」
そう言いながらも、ダーオはここ最近の自分の心境の変化に戸惑う。つい先日まではスカイからの着信を待ちわびていたのに。スカイからの着信は重たい。
〈……会いたい〉
力無いスカイの声がセルフォンのマイクに拾われた。その声を聴くだけで、ダーオは電話口の恋人がどこか暗闇で所在なく佇んでいる姿が想像できてしまった。
「…何かあったな?親父さんか?…今からじゃさすがに…」
ベッド脇の目覚まし時計は二十三時過ぎを指していた。船の最終便はとっくに終了している。スカイの元に行ってやりたいけれど、その手段が無い。
〈今…ダーオの家の前に居る…〉
まさかの返答にダーオは息が詰まる。
「…⁉…っえ、ちょ…」
慌てて階下に降りてゆくダーオは、薄暗いリビングを抜けて玄関に差し掛かった。
そっとドアを開けると、プルメリアの木の下で背の高いスカイがまるで一回り小さくなってしまったようにうなだれていた。ダーオの顔を見るなり、スカイはダーオに駆け寄って思いのままに抱き締める。
(愛しいダーオ…僕を導く明星。…いつまでも僕の空で輝いていて欲しいんだ、ダーオ…そんな事を願う僕は罪深い。どうすればいい?ねぇ、ダーオ…僕の一番星…)
ダーオが悲しみに暮れるスカイの姿を見るのはもう何度目だろう。今日のスカイは出会った頃の小柄なスカイを彷彿とさせた。
親に構われず、島にも馴染めなかったスカイ。常に異邦人であるスカイ。
辛いときに誰かが一人でも親身に寄り添えばその悲しみを半分にしてあげられる。ロムがダーオにしてくれた優しさを、今度はダーオがスカイに与えてやりたいと思った。それは幼い頃の道徳的な価値観でもあった。人にされて嬉しかった事を相手にもしてあげましょう。先生が良く言う言葉である。
(…スカイ、相変わらずお前はでかい図体の割に、心はずっと繊細なままなんだ…)
スカイの家は方々に点在していて、ダーオの知る限りはバンコク、プーケット、そしてヘブン島の三つであった。時折スカイの両親がヘブン島に帰ってきては、自分達の気の向くままに子供に構う。まるで愛玩ペットの様な扱いを受け続けたスカイは時に心のバランスを崩してしまう。そんな時、スカイの逃げ場であり居場所はダーオだったのだ。
「…ォ…ダーオ…」
スカイの悲しみの声がダーオの心を占拠する。抱き締め返したダーオの行動を受容と受け止めた哀れなスカイは、ダーオに赦しのキスを請う。
(ダーオ…この場所で君を抱く事を許して欲しい。君の望まない場所で二人が繋がる事を、普段は嫌がる君の意見を無視する自分を赦して欲しい。ダーオしか愛せないと口では言うのに、身体は裏腹にミアが抱ける。そんな自分を赦して欲しい。父に逆らえない自分を。嘘に嘘を重ねる自分を…)
スカイが目尻に涙を溜めながら、ダーオの手を引いて薄暗いリビングを抜け、階段上の寝室に向かう。
「ごめん…ごめん…ダーオ…」
スカイのその美しい瞳の色から溢れる涙は海の雫にも似ていた。ブルートパーズの瞳から零れる生命の源である海の味がする雫を、スカイは惜しげも無くダーオの頬に零してゆく。
ベッドの上に押し倒されたダーオは観念する。
こんなに悲しんでいるスカイを前に、やめろとはとてもじゃないが言えなかった。
スカイに与えられた口づけは他人のような味がして、ダーオは少なからず愕然とする。他人の味を、つまりはロムの味を知ってしまった自分は、スカイの口づけをもう純粋にはこの身に受け取れない存在へと変わってしまった。
下半身に伸ばされるスカイの掌も、スカイの吐息も、その全てがダーオには他人行儀に思えてしまった。
(スカイばかりが変わったんじゃない。俺も変わった…)
悲しい行為だ。なんて悲しい行為だろう。
互いを一つにする為の行為なはずなのに、スカイがダーオを確かめる度、ダーオは違いに目を背けられない。今すぐにでも遮断したい行為を、ダーオは耐えてスカイに抱かれる。
この行為に意味があるとすれば、二人の心が明確に距離を取り始めた起源を自覚する為の行為だった。
(…スカイ、お前は?)
心に問いかけるダーオだが、声に出さない限りはスカイに届く筈も無い。
★
翌日、母が起きる前に慌てて二人は朝の支度を終えた。
リビングに降りて、ダーオが普段しない朝ごはんの準備をしている最中で母親が起きて来た。
「…あら⁉ホントンの…ごめんなさい、こんな格好で…」
母はスカイを前に取り乱していた。まさか居るはずの無い人物がこんな時間に居るのだ。無理も無い。
「いえ、こちらこそ気になさらないで。突然の事ですみません、昨日ダーオ君に相談したい事があって…」
「あら、そうでしたか…ダーオなんかで良ければいつでもどうぞ…。そうそう、坊ちゃまのお口に合うか分かりませんけど…」
母がスカイと談笑しながら常備菜を準備する。スカイも昨日の様子から一転して落ち着きを取り戻したようだった。ダーオはスカイの様子に安堵する。
(…良かった)
そう思うダーオは、ふとスカイのセルフォンが無造作にテーブルの脇に捨て置かれているのを見つけた。スカイはまだ母と談笑中だ。
(…バレるか?)
スカイに気付かれずセルフォンのカメラの内容を見る事など出来るだろうか。
ダーオはロムによってもたらされた不安の材料である女子とのツーショットをこの目でもう一度確認したかった。もしかするとスカイのセルフォンにはもっとどぎつい写真が入っているかもしれない。確認した所で、もし本当にそう言う写真があったなら自分はどうするだろう。安堵するだろうか?スカイだって浮気をしている、と。
そろ…っと手を伸ばしながら、ダーオは母とスカイの会話が長く続いてくれる事を願う。
(あと少し…!)
スカイのセルフォンにあと少しで手が届きそうだった。
その時、玄関のノック音と共に入って来たのはまさかのロムだった。ロムは「サワディ…」と言いかけて、キッチンでダーオの母と談笑するスカイの姿に動きが止まる。
「…スカイ…?」
スカイもダーオの母との会話を止め、身体を強張らせる。
「……ロム」
何故こんな早朝に?スカイの全身がロムに語り掛ける。いくら幼馴染とは言え、もう高校を卒業したロムとダーオがこんな早朝に向かう先なんて無いではないか。
スカイは昔から目の上のたん瘤の様な存在のロムが嫌いだ。スカイがダーオを口説いている時分も、気付けば常にロムは切なそうにダーオを見つめているのだ。
ロムはダーオが好きだ。そんな事、スカイは昔から知っていた。
(ロム…欲しいのに手を出さないお前は、最初からダーオの傍にいる資格が無い…そうだろ?…負け犬)
スカイはロムに対して常にそう思う。物欲しそうに指を咥えてダーオを見るロムの視線には常に苛立ちを覚えている。スカイが島に不在と見るや虎視眈々と狡賢くもダーオを奪いにやって来る。昔からロムの視線は常にダーオに向けられていた。幼少期、スカイがダーオに懐く時も、虐められるスカイをダーオが庇い立てる時も、常にロムはダーオだけを見ていた。
(ロム。腰抜けのお前にだけはダーオを渡したくない)
そんな事は考えたくないけれど、もしこの恋に終焉が訪れて、他の誰をダーオが選んだとて、それはダーオの選択だ。けれどロムだけは許せない。ロムにだけは渡したくない。それはある種の意地にも似た感情だ。
(ジョジョやガンが僕を虐めてもダーオが居たから何も問題は無かった。ねぇ、ロム…一度だけ、ロムは僕を庇った事があったね)
ロムは一度だけ、ジョジョやガンに「もうスカイを虐めるな」と言った事があった。
ジョジョとガンがロムのその一言で虐めを止める筈は無い。ロムの言葉が履行されるのは同級生の中でスカイの背が一番高くなってからの話だったが、スカイはロムのその言葉の真意を知っていた。
「もうスカイを虐めるな」の言葉の裏にある真意。
それは「もうダーオを手こずらせるな」と同意である。
もっと深く読めば「ダーオが庇い立てするとスカイは喜ぶ。だからもうスカイを虐めるな」。
つまり、スカイがジョジョとガンに虐められる事はスカイとダーオの仲が深まるという事で、ロムにとっては面白くない事態だったのだ。
(ロム、僕はお前の狡さを知ってる)
何もロムは心配からスカイを庇った訳では無い。とことんまで利己的な感情からその言葉を発したロムを、彼自身は理解していたのだろうか。
(あれ以来、僕は君が大嫌いだ)
ダーオの家のリビングでやや暫く睨み合っていたロムとスカイだったが、その絡み合う因縁の視線を断ち切ったのは何も知らないダーオの母だった。
「ほら、ロムもご飯を食べて行きなさい。坊ちゃんもいらっしゃってるからね、三人で食べなさいよ」
「…いや、おばさん、俺は」
辞退しようとするロムを母は許さない。
「こんな早朝、桟橋の屋台はまだ仕込みの最中じゃないかしら?遠慮なんてする事は無いんだから、ホラ。お座りな」
ダーオの母に頭が上がらないロムは観念して合掌をしながら席に着く。
「坊ちゃんもどうぞ」
スカイは母に促されてロムの対極に座った。
今までは辛うじて理性で抑え込めていた「ロムが嫌い」と言う感情をスカイはもう隠し切れない。顰め面をしてロムを視界に入れないようにするスカイの横に座ったダーオは、ハラハラしながら並べられた料理をスカイに取分けてやる。母はホントンの子息に無礼が無い様に、息子が取分ける様を眺めていた。取り分けるダーオのその様子をロムも見つめていた。
(…またその目線)
スカイはロムに苛々する。
ダーオがスカイに食事を取分けてるその行為を、ロムはまるで恋の被害者の様な視線で見つめるのだ。つい先ほどまで鳴っていたスカイの腹の虫もすっかり鳴りを潜めてしまった。食欲など到底感じない苦痛な食卓を囲む三人の様子に、母は苦笑する。
(昔から仲は良くないのよね、この子達…)
母は知らない。息子がまさかホントンの子息と恋仲にあるなんて事は。ましてロムが息子に想いを寄せているだなんて事は。ただ、昔からこの三人は不協和音の中にあると言う事だけは知っている。
産まれた場所が選べたならば、きっとスカイは資産家のホントンの子息なんかより島の一般家庭を選ぶだろう。ダーオと同じ価値観を共有し、縛られるものは何もないこの天国の様な島で、二人身を寄せ合って朽ちるまで共に居るのだ。
互いの親との永遠の別れの折には互いの悲しみを共有し、またどちらかが先に逝けば、残された者は美しい海のエメラルドブルーの波に骨を還し、毎日相手を想いながら海を眺めて余生を過ごす。
(…そんな生き方がしたかった)
スカイが望んでも手に入らない、ダーオとの未来の可能性を持ち得て尚、ダーオを好きな癖に何も行動を起こさないロム。幸せの切符は既に持っている癖に、何も行動を起こさない。スカイは昔からそんなロムが大嫌いだ。
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「RMITD」が同人書籍になりました!
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