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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第六話 不協和音のカルテット】
44/74

6-2


夜のカオムーでは常連達が今宵もどこそこの卓で酒を酌み交わしていた。ガンとジョジョは相変わらずの定位置で空心菜炒めを食べながら酒を飲む。


「はぁ~…この島は天国だけどよ、唯一難があるとするなら売春宿が無い所だな…」


ジョジョが溜息を付く。


「売春宿…確かになぁ。ヤリたい時にヤレないのが田舎の辛さだな」


ガンも同意する。

一泊してもらえるほど金はない。先立つものがあったとしても、敢えてプーケットからデリバリーしたとして一体どこでそう言う行為に及べばいいのか。実家など論外だ。この島には宿泊施設といえば馬鹿高いホントンのリゾートしか無い。


「…いや、まてよ、おいガン!俺らの友人ロムの実家はこのほどモーテルに生まれ変わったぞ!」

「…アッ!ホントだ!という事は…夕方頃にプーケットで女子を調達してカオムーで飲んで、その後ロムのモーテルに連れ込めば…⁉」


二人は下卑た笑いを上げながら仕事中のダーオに絡む。


「ねぇ、ダーオちゃん!ロムちゃんに一泊いくらか聴いてよ!」


ジョジョは脳内で算段する。出来れば安く女子とイイ事をしたい。飲食代や酒をケチると上手く事は運ばないが、宿泊費は抑えたい。


「は⁉知らねぇよ、あんな奴‼」


まさか温厚なダーオからそんな返答が返ってくるとは思わなかったジョジョは辟易する。ご機嫌斜めにしたってこの怒り方はいつものダーオらしくない。ダーオのチャーミングポイントである人たらしの笑顔は見る影もない。


「…何かあった?ダーオちゃん…」


猫なで声を出すジョジョを一瞥したダーオはさっさと厨房に戻ろうとする。今はロムの「ロ」の字も聴きたくない。

タイミングを同じくして、ムーカオに来店したのはロムだった。


「…あ、ロム」


ガンが呟く。

ダーオはロムに怒っている。理由は分からないがそれだけは分かる。このタイミングでロムが来ると色々と不味いのではないか…。

ガンは目の前で大喧嘩が巻き起こるであろう事を想像して目を瞑るが、しかしなかなか喧嘩の声が聞こえてこない。

そっと目を開けると、ロムとダーオは互いに睨み合っていた。正確に言えばダーオはロムを睨んでいたが、ロムは委縮したような態度でダーオを見ていた。

ロムのそれはガンにでもわかる、縋るような瞳だった。

暫く無言の二人だったが、先に踵を返して厨房に戻ってしまったのはダーオの方だった。背中からも充分に分かる苛々としたその態度に、ロムは悲し気な瞳を向けるだけだった。

こんな状態でロムの酒を注文しても火に油だ。

ジョジョは気を遣って、別卓の帰宅した客の食器の中からグラスを一つ拝借すると自分の飲みかけのビールをロムに半分注いでやった。


「…おい、ロム…お前、何をやらかした?」


グラスを受け取ったロムは使用済みのグラスに顔を顰めた。ジョジョとグラスを交互に見返して、グラスをジョジョに返却したと思ったらビール瓶を奪って飲んでしまった。


「あぁッ!お前、なんて事…‼」


一気飲みしたロムは一息つくと、厨房で皿を洗うダーオの後ろ姿を見つめる。


(何故こんな事になってしまったのだろう…)


どこから拗れてしまったのか。

もとはと言えばスカイが疑惑の発端だった。

あの時、シノポルトギースがお洒落な街並みでスカイを問い質せば良かっただろうか。女子と歩くスカイをとっちめて「ダーオをどうする気だ!」と怒鳴っていたなら、もしかすると未来は変わっていたのかもしれない。

…ドラマならそれもありだろう。

けれど現実に目の前で起こった出来事はあくまで疑惑の範囲だった。仲の良い友人同士、腕を組んで歩く事もあるだろう。別に二人は目の前でキスをしていた訳では無い。

大きな溜息をつくしかないロムを横目に、恨みがましい視線を送ったジョジョはダーオにビールを注文しに行く。

ダーオは洗い物の手を止めてビールを二本差し出してやった。


「…一本で良いのに」


ジョジョはそう言うが、ダーオは無言で視線の先に座るロムを顎で指した。ロムにもやってくれ、とダーオは無言で言う。


「…お前ら、喧嘩してる?よね?」


ジョジョは詳細を聞き出したいが、ダーオは眉を顰めて追及を拒否する。ここまで隙なく怒るダーオの姿を見るのは初めてかもしれない。


「…なんだってんだよ、ったく…」


ボヤくジョジョが卓に戻るのを眺めながら、ダーオはセルフォンを取り出してスカイに電話を掛ける。

コール音は虚しく響くばかりで一向に出る気配は無かった。

スカイがヘブン島に住んでいた時は、いつも三コール以内に電話に出ていたのに。


(…なぁ、スカイ。高校時代、いつも一瞬でお前は電話に応答するもんだから、ずっとセルフォンを弄ってるんじゃないだろうな?って…俺は怒ったよな)


スカイは幸せそうな笑い声を電話口に響かせながら、『ダーオからの電話は特別なんだよ。コール音が来る前にすぐ分かる』と言うのだ。ダーオの着信音だけを変えているのか問えば、スカイはそんな事は無いと言う。


『ダーオの着信は僕の心に直接鳴るんだ。だからわかるの』


そんな甘い言葉をダーオに向けるスカイの表情は、ビデオコールをしている訳では無いのにありありと浮かべられる。普通にしていれば白人と見紛うばかりの精悍な青年が、ダーオを前にすると相好を崩すのだ。スカイの笑った顔に幼い頃と変わらないあどけなさを見つけるダーオは思わずつられて笑ってしまう。


(…お前のダイレクトな求愛は愛情に比例するんだろうな)


その証拠に、スカイがプーケットに渡ってしまってからの二人はまるで歯車が噛み合わない。

今し方かけた電話だって、ダーオは到底繋がるとは思っていなかった。


(なぁ、スカイ。…俺ら、何がいけなかったんだろう…)


ダーオは変わらない。けれどヘブン島を出る選択をした人間は外界との摩擦に研磨される。

変わらない事が悪い訳ではない。田舎に居続ける事は格好悪い事ではないし、都会に出て行く事が偉い事でもない。各々の人生の選択の結果をどう受け止めるかに尽きる話だ。


(仕方がない事なんだ、きっと…)


ヘブン島に流れる時間と、この島の外で流れる時間は決して同じではない。都会の時間はせせこましく、離島に住む人間にはまるで着いていけない。きっとプーケットに吹く風がスカイを少しだけ大人にした。きっと、それだけの話だ。

物思いに耽るダーオの沈んだ表情を眺めることしか出来ないロムは歯痒いばかりだ。


「ほら」


ジョジョがロムの頬に冷えたビール瓶を宛がう。


「‼」


唐突な冷たさに驚くロムにジョジョは首をすくめて溜息だ。


「…何を揉めてるかは知らないけどよ、たった五人の幼馴染同士なんだから」

「…」

「ダーオがあそこまで怒るなんて珍しい…ってか、初めてなんじゃねぇか?お前、一体何をやらかしたんだよ…」


呆れた顔のジョジョだが、ロムだってこの状況を打開できる策があるならば既に手を打っている。ただ八方塞がりなこの状況で、ロムが出来る事はたかが知れていた。

いつも指を咥えて一番大事な局面を決められないロムにはお似合いの結果なのかもしれない。ダーオが好きだと言う自分の気持ちを隠したまま生きて来たロムには。


(全て俺の自業自得の結果だ…)


ロムは自己嫌悪だ。

その夜、仕事を終えて無言でムーカオを後にするダーオを追い掛けたロムだったが、案の定ダーオは原付バイクを途中で止めてはくれなかった。

煌めく星たちに見守られながら後ろを振り向きもせずに環状道路をひた走り、自宅の沿道に入っていくダーオを眺めたロムは、ダーオの家の境界に入り込むことがどうしても出来なかった。

確実に話し合った方が良い。

けれどいざダーオと対峙した時、ロムは黙ってしまう自分を容易に想像できる。


(お前を前に俺は…何も言えなくなってしまう)


様々な感情がマーブルカラーの様に混ざり合い、どこから手を付けて話せば良いのか分からない。折角追い掛けても黙るだけでは、ダーオの心労や苛立ちをただ悪戯に増やしてしまうだけではないか。


(でも俺は…何も言えなくなっても、お前を追い掛けずにはいられなかった)


無事にダーオが自宅に帰るのを見届けてやりたかった。誰が悪いとしても、例えば自分が全て悪いとしても、ダーオの悲しむ顔を前にするとロムは放って置けない。

他者には理解が難しいかもしれない。けれどそれが昔からのロムの立ち位置だったのだ。


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