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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第一話 秘密の砂浜】
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1-4 ロムダーオ

翌朝、ロムは自宅のベッドで起床した。

仕事終わりのダーオを送ってから帰宅するのが日課のロムはカオムーでビールを一瓶しか飲ませて貰えない。

それを差し引いても酒が強いロムに二日酔いと言う言葉は無いが、寝苦しい南国の夜を越えて喉が渇いていた。

台所の冷蔵庫からペットボトルの水を探し当て飲んでいると、ロムの父・ガイが興奮気味に息子に話し掛けて来た。ガイの鼻息はいつになく荒い。


「…どうした、親父」

「ロム!俺は閃いたぞ!ウチのホテルはもう駄目だ!だから閃いたんだ!」


ロムの実家は宿泊施設を経営している。

ホテルと言えば聞こえはいいが、何もないヘブン島に宿泊する客など高級ホテル目的の客ばかりだ。


つまりガイのホテルは開店休業状態である。


ロムは物心ついてからこのホテルが繁盛している姿を見た試しが無かった。ホテルの一室を子供部屋として充てがわれたが、使われていない部屋が多すぎて子供には不気味な建物だった。

年季の入ったホテルは所々ペンキが剥げて見るも無残な状態だ。辛うじてシャワーとエアコンは生きている。


「…ついに畳む事にしたのか?」


ロムの言葉にガイは気色ばむ。


「馬鹿息子!違う!こんな穴場の立地を誰が手放すか!」


穴場とは言い得て妙だ。

ガイのホテルは島の南側に位置していた。プーケットのサンセット名勝プロンテープ岬と同じ方角だ。しかし景勝地なだけで、他の売りは何も無い。


「穴場過ぎて客が来ないけど…」


ロムの言葉にガイは余計にいきり立つ。


「客が来ないのはクソ金持ちのホントン一家のせいだろう!」


ガイはホントン一家に恨みが募る。

これはロムが小学校に上がる前の話だ。島の者ではない余所者がある日ガイの元を訪れ、あろう事か土地を売れと言ってきた。

提示された額は鼻で笑う様な額だった。

先祖の土地を買い叩こうとは馬鹿にするにも程がある。それが憎きホントン一家とガイの初会合だ。


「いいか、ロム。よく聞け。俺らはどんなに頑張ってもホントングループの様なリゾート開発は出来ない!ならば隙間で生き残るのみだ!」


ホントン一家に激る癖に、ガイの根性は闘う前から負け犬のそれだ。


「…隙間?」


ロムは嫌な予感がする。父は昔から碌な事をしない。

ロムは手に持ったペットボトルの水を一口飲んで心を落ち着かせ、これから展開される父親の「閃き」とやらに備えた。


「あぁ、このクソみたいに中途半端なホテルは業態を変えるぞ!」

「…業態を」


父親の意気揚々とした発言にロムは探る視線を送る。


「あぁ、ここは今日からモーテルになる!」

「…は…ぁ⁉」


想像通りの訳がわからない案だった。ホテルからモーテルへ?設備はスライド出来るだろうが、同じ業種だ。果たして勝算はあるのだろうか。…というか、業種変更をする意味がそもそもあるのか??

ロムの脳裏には疑問が次から次へと浮かんでくる。


「あぁ、今時の若いモンはモーテルじゃ通じんか。ラブホテル、だと分かるか?」

「いや…問題はそこじゃ無い…!」


ロムは口をぱくぱくと動かすばかりで、二の句が告げられない。父親の提案は果たして吉と出るのか凶と出るのか判断がつかない。

受け入れてやるべきか、全力で止めるか。

この土地が先祖代々の土地だと言うのは知っていた。出稼ぎ先のバンコクで宝くじを当てた父親が、都会に疲れて戻って来た故郷でホテルを開業した。

しかし自然以外に何もないこの島で敢えて宿泊をしようとする物好きな客がそう来客する筈も無く、ホテルはいつも閑古鳥だった。

投資額を回収出来ぬまま設備は古くなり、外観はくたびれて営業しているかどうかも怪しい風貌だ。起死回生を図った結果がラブホテルへの転身とは、隙間産業過ぎてやはり同意が出来ない。

背水の陣とはまさにこの事である。


「いやっ…親父…っ」


黙っていれば精悍な顔つきの、悪く言えば表情パターンのレパートリーに乏しいロムの顔が今ばかりは戸惑いに歪む。

勝算がなくてはただの銭失いになりかねない。生活していくだけの資金はなんとか稼げているが、それ以上の資金力はロムもガイも持ち合わせてはいなかった。

ロムは咄嗟に父親の肩を掴もうとするが、呆気なく振り解かれてしまった。父は意固地な人間だ。


「異論は許さん!今日からここはラブホテルだ!」


ガイは大見得を切った。

こういう時の父親は誰にも止められない。母は父に疲れて実家に帰り、暫くの後離婚した。

ホントン一家の提示した額はふざけていたが、採算も合わずにただ金だけ食う図体のデカいホテルを飼い殺すよりは、ホントン一家から一時金を受け取り都会でやり直そう、と言う母の意見を受け付けなかった父だ。

母に一家離散を突き付けられてもガイは首を縦には振らなかった。

ロムが小学生に上がった時分の話だ。


溜息を付いたロムは父親の起死回生案を受け入れるしかなかった。きっと手伝わされるだろうが、こんな父親の元に生まれてしまった自分の責任だ。このまま朽ち果てるホテルを、手をこまねいて見守るよりはよっぽど前向きかも知れない。ロムは無理矢理そう思う事にした。


「…わかったよ。とりあえず仕事に行ってくるから、帰ってきてから詳しく話し合おう」


そう言うとロムは台所から外に続く従業員用の扉のドアノブを握る。そして扉を開けると、ムワッとした温暑い風がロムの体を包んだ。今日も暑い一日の始まりだ。


「おい、ロム!」

「…ん?」

「ホテルの名前はヘブン島にちなむぞ!ホントン一家の西洋風で悪趣味な名前を踏襲する真似は絶対にしてはいけない!」


それは例えば、ロイヤルだとかアベニューだとか、そう言った横文字のことだ。


「あぁ…はい」


好きにしてくれ、と思う気持ちがロムの胸中を占拠する。

こんなハチャメチャな父親に付き合うのは慣れっこだ。何せ小学一年生の頃からこんな父親と二人で過ごしてきたのだ。

母についていったのは兄だった。当初はロムも母について行くことになっていたが、ロム自身がそれを拒否した。理由はたくさんある。その中には勿論ダーオの事も含まれていた。

けれどロムがヘブン島に残ると決めた最大の理由は、こんな父でも一人になってしまうのがかわいそうに思えたからだ。母に逃げられ、子供達も取られ、これから一人で孤独に生きていく父を思うと、ロムには父の元に残る選択肢以外に考えられなかったのだ。


無愛想で無表情なロムの内面は優しさで構成されている。

それを幼馴染みのダーオだけはちゃんと分かっている。

二人は自分達ではどうにも出来ない運命を励まし耐え合う、謂わば同志であった。


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