4−6同級生
「…何?俺に売春しろって?」
ダーオは眉を顰めてスカイの真意を探る。
「まさか!違うよ、ダーオ!ホントンはそう言う商売を斡旋するつもりは無い。あくまでクリーンが合言葉だよ」
「じゃあ…」
「ダーオの美しい肢体をもっと皆にも見て欲しくって。…僕のお星さまの、ね」
スカイはダーオを見せびらかしたい。太陽の落胤たる輝きを放つダーオ。その肢体は褐色に焦がされ蠱惑的である。
満月の夜、沸き立った海岸沿いのビーチでは皆が羨望の眼差しでダーオを眺めるだろう。整った眉目に憂いを帯びて、ダーオの背中に迸る汗がネオンライトに照らされるのだ。
ダーオが口角を少しでも上げれば、どれほどの人間が彼に心を奪われるだろう。ダーオが腰を捩らす度に、どれほどの人間が彼に劣情を催すだろう。
太陽を知らぬ月はダーオによってその存在の本質を知る。哀れな夜の者達に、ダーオの放つ光は太陽の片鱗をのぞかせる。
けれどダーオは売り物ではない。
絶対に売らない。
スカイがダーオを売らせない。
皆が指を咥えてダーオとの一夜を夢に見る。けれど例え一億バーツを積んだとて、ダーオは絶対に手に入らない。
くるりと緩やかにカールしたその黒髪に指を梳かせて良いのはスカイのみである。褐色の肢体に手を這わせて良いのは、はたまた内股に滲む汗を舐め取って良いのは…。
「…ッ…はっ…馬鹿々々しい。恋人を見せびらかして何が楽しい…」
ロムが非難と侮蔑の表情でスカイを見る。もうロムは敵意を隠そうとはしない。スカイの虚栄心を満たすためにダーオが存在しているとでも言いたいのだろうか?全く馬鹿げた発想だ。
「…ロムには理解できないだろうね。ダーオの美しさを独り占めする事への罪悪感は」
スカイはダーオに触れる度、己の理性がいかに脆弱な物であるかを知らされる。負け犬にはわかるまい、このダーオの中毒性は。
二人の視線に火花が散った。
ダーオは慌てて二人の間に入ると、お道化た声を出す。
昔からこの二人はそりが合わない。前世の因縁を今生に持ち込んだような二人だ。
「わ…分かった分かった、踊ればいいんだろ?俺以外にもスカウトするんだよな?」
「勿論!ただ、ダーオはこのパーティの目玉だ。誰もダーオを買えない。ダーオの真の美しさを知るのは僕だけでいい」
スカイの発言にジョジョは呆れた溜息をつく。島民を巻き込んだ盛大なバカップルのイチャイチャに付き合わされる気分である。しかし一方では、スカイがダーオをメインの踊り子に指名する理由が分からなくも無かった。
(コイツの持つ婀娜っぽい雰囲気は時々ドキッとさせられる。ふとした表情に感心する時があるからなぁ)
ジョジョは妙に納得する。無意識に人を狂わし、かどわかす魅力をダーオは持っている。でなければホントングループの息子など落とせない。ダーオの魅力に狂わされたスカイが今回の提案をした事もまぁ理解出来る。
(大っぴらにいちゃつけない分、見せびらかしたいんだろうな)
ジョジョはそういう結論に至る。
ダーオの溢れる魅力は留まるところを知らず、スカイが用意したバケツでは到底その魅力を拾い切る事が出来ないのだ。満杯に溢れたバケツをそのままにしておいても、その魅力は駄々洩れのまま流れて行ってしまう。
だからスカイはシェアをするのだ。ダーオの魅力だけでも他者と語り合いたいのだ。
時に星の様に遠慮がちに瞬き、時に太陽の様な大胆な色気を漂わすダーオ。そんな美しさを湛えた人間を、スカイはダーオ以外に知らない。
「…帰る」
ロムは旧友の誰とも目を合わさずそう言うと、さっさと原付バイクに跨り去って行ってしまった。
恋の敗者、もしくはダーオの恋を見守る者、悪く言えば傍観者として日々ダーオの傍らに居続けた。それがロムに出来るダーオへの唯一の愛情表現だったからだ。
けれど今日、まざまざとスカイに現実を見せつけられた。
どんなに毎日をダーオに滅私奉公しようとも、正式な恋人の権利を持つスカイには敵わない。ダーオが最後に庇う相手はロムではなくスカイである。
(クソッ…)
ロムはウイスキーを好まない。
すれ違う車は殆ど居ないこの島だが、バイクで転倒しては大怪我をしてしまう。救急搬送の対応もままならぬ島だ。アルコール濃度の高い物を飲んでしまうとダーオを無事に家まで送り届けられなくなってしまう。
だから普段はビールを一本に留めておいたのだ。
しかし今日のロムにはダーオを心配する資格も、ダーオを世話する資格も、その一切が剝奪された状態だった。
(今夜のダーオはスカイに腰を抱かれて家に帰る…)
二人はダーオの自宅の扉を開けるまで、人通りの皆無な島唯一の環状道路を歩くだろう。
スカイの存在が島を穢す者とも知らないヘブン島は夜風を吹かせ、恋人たちの頬を祝福して撫でるのだ。
二人の仲を知らないダーオの母は夜の最終船がすでに出てしまった事を心配し、ホントンの倅であるスカイを家に泊めるだろう。
リビングから階段を登ったダーオの部屋で行われる秘密の恋人同士の触れ合いに、ダーオは至福の表情を浮かべ…。
(…ックソ!クソッ‼︎クソ‼︎)
ロムには何も無い。
ホントンの様な巨大な資本も、ダーオに想いを告げる自信の根拠も、スカイの様に歯の浮く様な愛の言葉も。
何も無い。何も持ち得ない。
今日だけはスカイの持つ物全てが羨ましく思えた。そんな自分に腹が立つ。無い物ねだりをするロムは悪態しかつけない。こんな人生を与えた父を恨んだ。その後すぐに、そんな考えを思いついてしまった自分を恨んだ。
潮を含む夜風は独り者のロムの傷心にひどく沁みて、痛い。
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