4−2スカイダーオ
「…ほーら、そんな顔するなって。もう怒ってないよ。お前は昔から、すぐそんな顔をするから…」
スカイはダーオを抱きしめて項の匂いを嗅ぐ。まるで怒られた犬のようにしょんぼりと頭を垂れたスカイはしおらしい。ダーオが本当に怒っていないか確かめるように甘く首筋を食んでみる。
スカイが小学一年生の途中でヘブン島に引っ越してきた時は苛めっ子のジョジョとガンに随分やられていた。
新参者への制裁だ。
生傷が絶えないスカイを慮るのはダーオの役割であったし、スカイはダーオ以外にこの島で縋れる相手が居なかった。
ダーオに助けて貰ったスカイの感謝の想いがいつしか恋心へと変貌を遂げたのも何ら不思議なことではない。同級生皆の体格が同じになる頃には、スカイはダーオへの感情を隠す事をしなくなった。
スカイの直接的な求愛は時にダーオを戸惑わせ、時に冗談のようにも聞こえた。だから受け入れるまでには暫しの時間を要した。しかし本来のスカイは冗談でそんな事をする人間ではないと知っていたダーオはついにスカイの愛情を受け入れたのだった。
一世一代の告白時、切羽詰まったスカイの表情は泣きそうに見えた。ダーオはその顔をされると弱いのだ。
(幼い頃のお前の泣き顔と被るから…)
慣れない島での不便な生活。意地悪な同級生。親達は事業を成功させることに躍起でスカイを顧みない。
一人ぼっちで泣いているスカイを、ダーオは自分の事の様で放っては置けなかった。
(俺にはスカイの寄る辺なさがよくわかる)
父親を海難事故で亡くしたダーオは泣き続ける母には縋れなかった。母の前では気丈であらねばならぬと己に呪文をかけた。親に構ってもらえぬスカイの境遇を重ねたダーオである。
ふと、ダーオの心にロムの顔が唐突に浮かんだ。
(…Nong…?なんでこんな時に…?)
ダーオの心が折れてしまいそうなそんな時、共に父親の帰りを待ってくれたのはロムだった。あの秘密の砂浜で、否定的な事は何も言わずにロムはダーオに寄り添った。
(…あぁ…そうか…)
ダーオはロムに学んだのだ。
悲しみを分けたならきっとこの耐え難い辛さも我慢が出来る。それは今は無力な子供である自分達の、運命へのささやかな抵抗だった。
悲しみの縁に居るスカイを、先に悲しみの中にいたダーオは見過ごせなかったのだ。ロムのくれた優しさをスカイに与えたい。泣いている顔は母の悲しみを連想させる。泣いている人間がいたら元気になってほしい。
ダーオの性根は一点のくすみもなく慈愛に満ちている。
「ほら、スカイ。…こっち向けって」
ダーオはスカイの抱擁を優しく解くと溜息を吐いてからやっと笑う。
スカイは許された事を知り、喜びのあまりダーオの唇に口づけをする。
本来ならそれは許されぬ行為である。
もし万が一母が帰ってきたらと思うと、二人はおいそれとどこかしこでいちゃつく事は出来ない。恋人同士の触れ合いはヘブン島ではしないと決めた二人だ。
けれど今、この時だけは、その約束はお互いに無いものとなってしまう。
喧嘩というスパイスがその決まり事をあっさりと打ち砕いてしまった。二人は暫く互いの粘膜の味を確かめ合う。
スカイの手がダーオのズボンの中身に滑り込みそうになるが…。
「…っ、おい!それはっ…」
ダーオはスカイを優しく睨む。これ以上は流石に不味い。裸で抱き合う場面を目撃されれば言い訳が利かない。
「…ダーオのお母さんは、息子を扱き使ってって言ってた」
懲りないスカイが悪戯な顔で言うものだから、今度こそダーオは呆れ顔だ。
「…はぁ。お前、ここには仕事に来たんだろ?一体俺は何をすれば良いの?」
「ダーオは可愛いね…あんなのは口実だ。何を差し置いてでも君に逢いたかったから来たんだ。電話に出られなかったお詫びだよ。…夜にでもカオムーに行くから、このまま家に居て。僕が職場まで送ってあげる」
「あぁ、分かったよ、夕方五時に来い。いいか、ここはプーケットでもバンコクでもない。渋滞が無いんだからピッタリ来いよ」
「ははっ、そんな事言う島の人間、ダーオしかいないね。島時間はバンコクの渋滞より酷いのに」
二人は笑い合う。
ゆったりとした時間が流れるこの島で何を急ぐ事があろうか。エメラルドグリーンが美しい海には魚の鱗の数だけ水面が光る。スコールの恩恵を受けた田畑には水が潤い、豊かな果実が実を結ぶ。
「あっ、…ねぇ、ダーオ!」
スカイがテーブルの上に先程置いたプルメリアの花は純白だった。中央が黄色く可憐で肉厚なその花を、スカイはダーオの耳元にそっと挿してやる。褐色なダーオの美しい肌にはプルメリアの純白がよく映える。
ヘブンの名を恣にする、この島こそが祝福された地上の楽園である。
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