3−7ロムダーオ
「…頑張ってるやつの足を引っ張るような事、したく無いだろ?」
けれどロムはダーオからそんな話は聴きたくなかった。
究極的に言えば二人の世界が許される時間の間は一切の不純物など介入させたくない。ましてスカイの存在など。
これがロムの本音だ。
けれどそれを自覚してしまうと惨めになってしまう。
ロムは自身に言い聞かせる。
(ダーオに笑顔がもたらされるならば相手はスカイでもいい…ダーオが笑顔でいられるならば…)
ねじ曲がった感情を鋳型に押し込め納得しようとしている。事実それしかロムには出来ないのだ。
詭弁である耳障りのいい言葉を並べ立て、大人ぶって二人を見守る。
恋の敗者にはそんな立場がお似合いだ。
ロムの血の回らぬ頭は軽くなり上手くバランスが取れない。
無言のロムにダーオは今しがた自分が変な弱音を吐いてしまった事をすぐに恥じた。咳払いをして話を変えなければいけない。
「あ…っと…あー…ははっ、なぁ、こんな雨に直面するとさ、嫌でも認めざるを得なくなるよな…その…」
ダーオが何について話しているのか、主語がなくてもロムには直感ですぐに分かった。ダーオは遭難した父親の事を思い浮かべている。
「父さんが乗ってた船は大きくなかったし、新しくも無かった…。そんな船が遭難中、こんな雨にやられたらさ…」
それに続く言葉をダーオは言えなかった。
幼い頃はスコールを恨んだものだ。
父の状況が良くなるとは思えぬ程に無慈悲な雨だったからだ。幼いダーオはスコールが降る度に胸が掻き毟られた。早く止めと心底祈った。雨季を恨んだ。雨を降らせる天を恨んだ。雨を止ませられない己を恨んだ。
「…この雨のおかげで、ヘブンは潤うんだけどさ…でもさ…」
岩肌に当たる雨の音は暴力的ですらある。ダーオの独白に、ロムは口を挟まない。
何を言ったところでそれがただの気休めでしかない事をロムは分かっているからだ。
『大丈夫、いつか帰って来る』だなんて、そんな無責任な事がどうして言えよう。自然を前に人間は無力だ。ダーオの独白を聞いてやる事がダーオの癒しであるとロムは思っている。
二人の間に言葉は無意味だ。
「…にしても、久しぶりにデカいスコールだな。…一時間でやむかな?どう思う、ロム…」
ダーオの声はいつもの朗らかな声に戻っていた。ロムがダーオに寄り添うこの時間は確かにダーオの癒やしであった。お互いが口頭で確認し合っていないだけで、決してロムの一方的な押し付けではなかった。
ロムはダーオの問いに返事が出来ない。この雨は一時間で止むだろうか。ダーオはロムの無言には慣れている。
「…雨は嫌だなぁ…晴天続きだとそれはそれでクソ暑いからうだうだ言っちゃうけどさ…」
ダーオの言葉にロムは相槌を打つだけだ。雨の音がロムの声を消すけれど、ダーオにはちゃんと聴こえている。
(恵みの雨…なんだけどさ…)
雨が降ると海に入れない。
ただぼんやりと海を眺めるしかない。眺めていると海の向こうに遭難した父の事であったり、海の向こうに住むスカイの事であったり、とにかく色々と湿っぽく考えてしまう。
(一人で見る海は嫌いだ)
それでも今ダーオが寂しい心を落ち着かせられたのは、昔からいつも隣に居てくれる親友であるロムのお陰だ。
「…ありがとうな、ロム…」
何に対してダーオは礼を言っただろう。
ロムはダーオと共に居るといつももどかしく感じているし、歯痒さも感じている。
(ダーオの心を解してやるのがスカイの役目ではないのか…それが彼氏としての役割ではないか?…ダーオはさっきまで寂しい顔をしていたじゃないか…)
ロムは昔からスカイが嫌いだ。
ダーオからの与えられた愛情を返さないスカイが嫌いだ。
貰いっ放しで、与えられることが当たり前のスカイは与えることを知らない。あのお坊ちゃんが心底嫌いだ。
(この時間すら…)
この愛しいダーオとの時間すら、スカイのおこぼれを貰っているように感じる。けれど寂しい顔を自分にだけは見せてくれるダーオの信頼感がロムには嬉しい。しかしその寂しい顔をさせているスカイという存在を前に、ロムの心は纏らずこんがらがってしまう。
(…クソっ…スカイのことは今は忘れよう…今は…)
負け犬根性が染み付いたロムは瞑目しながら己の心と戦う。
ダーオは目を閉じるロムを見つめて己もまた瞑目する。
長く続くスコールを前に足止めを喰らう二人の時間は手慣れた物だった。
何せ昔から一緒に居る。一時間や二時間程度など、二人ならばアッと言う間に過ぎてしまうのだ。
「…Nong、時間当てゲームと目を閉じたまま岩場を移動するゲーム、どっちやる?」
唐突なダーオの言葉にロムは思わず吹き出す。相変わらずのダーオにロムは救われる。この密かな想いをダーオが知ったら、きっとこの時間すらも取り上げられてしまう。
「…やらねーよ、怪我する」
「出たよ、いい子ちゃんぶるな馬鹿め。いつからそんなつまんねぇ男になったんだよ、Nongは!」
ダーオは目を開き、笑いながらロムを見る。ロムもまた鼻で笑いながら、二人だけのいつもの時間がゆっくりと流れ出した。
「…少しはじっとしてろ」
そう言うとロムは岩の上に居住まいを正して座り、深呼吸をした。ダーオもまたロムに準じる。
少しの沈黙も気まずくは無い。
ロムにとってはこれこそが祝福された時間である。例えこれがスカイのおこぼれであったとしても。
波が岩に押し付けられる音を聴きながら、或いはスコールが水面に落下する音を聴きながら、二人はそっと目を閉じる。
吹きすさぶ風に耐える椰子が健気な、雨季の夕方の話だ。
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